「長崎の記憶 幻の原爆フィルムで歩く長崎」

「オッペンハイマー」を観る前に。

1945(昭和20)年8月9日午前11時2分、長崎市松山町の上空5〜600㍍において爆発した原子爆弾「ファットマン」。

そして、投下2ヶ月後の様子が、日本映画社のスタッフによって撮影された。

焼き尽くされて崩壊した各建物、瓦礫に埋まった町の様子、治療行為を受ける人々と忙しなく動く医師と看護師が、各被災地ごとに映し出される。併せて、生き残った被曝者(今も存命かな?)の証言も収録されている。

フィルムを見ると、当時の悲惨な状況が、誰でも容易に想像できる。体験ではなく、あくまで想像だけど。今の核爆弾の威力を想像すると、この焼け落ちた瓦礫等も小さく思われるから恐ろしいものだ。

原爆も核爆弾も水爆も原発もだが、人類が到達した科学の最もたるものが、“地上に太陽を人工的に作る”核融合エネルギーの研究開発ではないだろうか。

この膨大なエネルギーを生み出すことは、人間と社会そのものを滅ぼすことが可能であるために、およそ“神の領域”であり、人間が触れてはいけなかったことなのではないか、と言いたくはなるが、人間の欲望は止まることを知らないのだ。

全壊した天主堂の信者が、さらに神に祈るという行為は、人類の矛盾した未来を示唆してるように思える。

開発すれば絶対に使いたくなるのは、科学者・研究者ならば当然のことであろうと思われる。何十億年もかけて、自然が作り出したものを、せいぜい100年くらいで、全人類や地球をも滅ぼせるものを作ったのだから、“神を超えた”全知全能の存在が人間だと思うのは当たり前だ。

その代わりに、人類は徐々に滅亡していくことを運命付けられているのではないかと思う。


脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。