「失われた時を求めて 全一冊」

各文庫で10〜14巻もある20世紀フランスの小説家、マルセル・プルーストの大長編を角田光代さんらが凝縮して1冊に訳出してくれた。

しかも「源氏物語」と同様、平易でわかりやすい。

コレぞまさに文芸作品って感じで、主人公の“ぼく”の内省的な思いが、周りとの関係でシツコイくらいに綴られており、容易に自分と重ねることができる。大長編ながら読み継がれて来た意味があるってもんだ。

長さでいえばギネス記録だというが、公ではないけど、アウトサイダー・アーティストのヘンリー・ダーガーには負けるけどね。

始まりは、寝る前に、ママにおやすみのキスをせがむ甘えん坊だった“ぼく”の思い出が語られる。次に、いろんな女の子とのプラトニックな恋が始まるが、特に、散歩の途中、堤防の上で見かけたブルジョワ娘、アルベルチーヌに心を惹かれる。そして、何とかキスをするまでに至る。

面白いのはそこからで、アルベルチーヌに同性愛(レズビアン)の疑いが浮上する。彼女との結婚も考えていたが、彼女から相手との肉欲の場面を告げられると、激しく嫉妬に狂い、そのうちアルベルチーヌを疎ましく思う。

全く同様の体験が俺にもあったので読んでて震えたところである。

それでも、“ぼく”は、アルベルチーヌと一緒にいるが、嫉妬と彼女への裏腹の思いが募る。そんな時、彼女は“ぼく”の前から姿を消す。

そして、アルベルチーヌが乗馬中の事故で命を落としたという知らせが届く。「あなたのところへ戻りたい」「私をもう一度受け入れてほしい」という内容のアルベルチーヌからの手紙が届いたのは、死の知らせの後だった…。

次に、第一次大戦下のパリの様子が語られる。鮮やかに蘇って来る、過去の、これまでの記憶と体験が自分にとっては至上のものであることと同時に、老いた周りの人間を見て時間が過ぎることの残酷さを認識して、自分の死をも背後に感じながら、長編小説を書く膨大な構想を得るのだった。

文章の一つのセンテンスに対して、たくさんの修飾や比喩が重ねられるところは、多分、慣れないと読みにくいだろうと思うが、翻訳が素晴らしいので、そんなに苦痛ではない。三島由紀夫にも通じるし。この積み重ねがプルーストという人間と生涯なのだね。

「私は理解した、文学作品のすべての素材は、私の過ぎ去った生涯であるということを」

凝縮版以外はおおよそ手が出ないなぁ。


脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。