「死の棘」

格安古本。30代の頃に読んでるから再読。

改めてジックリと読むと、コレは凄まじいほどの私小説だ。私小説の極北だ。

敏雄が浮気のことを書いたと思われる日記を目にしたことをキッカケに、妻のミホは精神のバランスを著しく崩し、狂気まっしぐらへ。

発作と呼ばれる度重なる執拗な詰問に始まり、常軌を逸した言動と荒れ狂う態度、俊雄への乱暴、プチ家出の数々。

マヤと伸一の2人の子供は、ミホの狂気が始まると、“カテイノジジョウ”と言って外へ飛び出す。

敏雄と取っ組み合うこともしばしば。

ミホが笑い出すか、あくびをすると、正気に戻って、抱き合って涙ぐみ、お互いに「ごめんなさい」と言い合う始末。毎日、その繰り返し。

ミホは浮気相手の女が家にやって来ると恐怖に慄く。遂には仕事の言伝で訪問した浮気相手の女を組み伏せて暴力沙汰を起こして警察に保護されることに。

友人の紹介でミホは精神病院を受診することになってから、ようやくほんの少しだけ解決の糸口が見えるような感じだ。

でも、最初の病院は、ありがちな威圧的で一方的な態度のドクターで、ミホの症状を心因性反応と診察する。次のサイコセラピーを中心とした理解あるドクターを受診するあたりで、この小説は終わる。

敏雄は、ミホの前でひたすら詫びて許しを乞うのだが、根本的な解決はない。敏雄も、ミホの狂気の前で突発的に自分も狂ったマネをすることで、結果的に発作を抑えることに成功したりしている。

線路に飛び出したり、素っ頓狂な大声を上げたり、頭を家の壁に打ちつけたり、首を吊る真似事をしたり。

挙げ句の果てには、祈祷師(?)に家を見てもらい、ココに不浄のものが…などと言わせたりしている。

後半はしょっちゅう、自殺を仄めかしている。

ミホの症状は明らかに統合失調症(当時は精神分裂病)だと思うし、俺も元妻が発症した経験があるので理解・共感できるが、敏雄が狂気に陥ったミホにマトモに接しても、さらに狂気を固めることにしかならない。通常の受け応えをしても意味がないし、さらに症状が悪くなりかねないのである。

当時は統失に関する理解も医療もまだ遅れてると思われるので仕方がないだろうけど。

狂気に陥った者と一緒に日常を送ることの大変さ、受けるストレス、絶望して自暴自棄になってしまうことは、もう痛いほどわかる。

突然、発作が起きて、どうしていいのかわからずに戸惑ってしまうことや、周りの、世間を気にして取り繕う様子、家を飛び出て、ヘタなことをしないかと必死になって追いかける心情、警察沙汰になって湧いてくる絶望感…俺も全てが経験済みだ。

敏雄は、事細かに顛末を書いており、狂気の虜となるミホと同じく狂気を垣間見る自分、2人の子供(読んでて可哀想で辛い)や周りをも犠牲にする日常、ギリギリまで追い詰められた夫婦の姿をこれでもかと生々しく記している。

書かずにはおれない作家の宿命みたいなものを感じてしまう。

素晴らしいけど、激しい痛みを伴う小説だった。


脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。