【古典映画】「生きものの記録」

黒澤明監督の、1955年の作品「生きものの記録」。

米ソ冷戦を背景とした核軍備競争や水爆配備、第五福竜丸の死の灰事件等、当時の世相を反映した社会派ヒューマン・ドラマ。

水爆の恐怖に取り憑かれた、町工場を経営する老人が、放射能から逃れるために、全財産を投げ打って、家族や愛人を連れて、ブラジルへの移住を進めようとするが、皆の反対で計画は頓挫する話だ。

被害妄想が酷い老人を演じたのは、お馴染みの三船敏郎。役作りがスゴい。

突拍子のない老人の行動に対し、家族らは、生活が脅かされるとして、老人を“準禁治産者”にするために、家庭裁判所に訴え出る。

水爆の恐怖から、最後は、老人は精神病院送りに。彼は、地球を離れて別の惑星に来たと思い込んでおり、閉鎖病棟の窓から照る太陽を見て、「アイツら水爆を使ったんじゃ。地球が燃えとる」と叫ぶ…。

テーマは面白い。核の恐怖は現実であるけど、日常においては現実感が薄い。敏感な老人は、大きな恐怖と不安の前に、結局、狂うしかない。抑止力のために、生きるために、お互いにたくさん核を持つけど、それは地球を何回でも破滅させる破壊力を持ってる。人間の、そうしたアンヴィヴァレンツな性質が、如実に政治の世界に現れてしまった。老人は、狂うことで安息の地を見出したのだ。大きな狂気は正気となり、小さな正気は狂気となる。

多分、クロサワさんにしては問題作じゃないのかなぁ。老人の「死ぬのはしょうがないが、殺されるのは嫌だ!」との叫びは、クロサワさん自身の叫びだと思う。

しかし、季節が夏ということで、皆、汚れたようなハンカチで頻繁に汗を拭い、団扇でパタパタ仰いでる。前も何かの作品でそうだったが、生きてる人間をことさら強調したのだろうか。

老人に同情的な目を持つ、裁判の調停員となる志村喬演じる歯科医の役回りが面白い。「羅生門」に似てる。

精神病院の降る階段と昇る階段の交差する演出は秀逸だ。


脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。