気になって調べたこと~CWA賞(英国推理作家協会賞)の規定~

・はじめに
 
 伊坂幸太郎さんの『AX』がCWA賞(英国推理作家協会賞、ダガー賞)のイアン・フレミング・スティール・ダガー賞のショートリスト(最終選考)に残りましたが、ここで私はCWA賞の規定が気になりました。
 CWA賞に数ある部門の中で、それらにどのような選考基準があるのか、についてです。
 ちなみに、「CWA」とは"The Crime Writers' Association"の略です。イギリスではジャンルとしての「ミステリ」のことを"crime fiction"や"crime"、"crime novel"と呼ぶことが通例のようで、協会の名前に"mystery"という単語は入っていません。
 ここで最初に、CWA賞にそれぞれどのような賞があるかを見ていきたいと思います。


・CWA賞

 ひとくちにCWA賞(英国推理作家協会賞)といっても、様々なカテゴリーに別れています。主な賞として、以下のものがあげられます。

ダイアモンド・ダガー賞(Diamond Dagger):巨匠賞。ミステリ界に対し長年大きな功績があったと認められる作家に贈られる賞

ゴールド・ダガー賞(Gold Dagger):最優秀長篇賞。その年で一番優れていたと認められた長篇ミステリに贈られる賞。

イアン・フレミング・スティール・ダガー賞(Ian Fleming Steel Dagger):その年で一番優れていたと認められる冒険小説・スパイ小説・サイコスリラーの長篇に贈られる賞。

ジョン・クリーシー・ダガー賞(ILP John Creasey (New Blood) Dagger):新人賞。その年で一番優れていた、新人作家の初めてイギリスで出版された長篇に贈られる賞。

ヒストリカル・ダガー賞(Historical Dagger):歴史ミステリの長篇賞。時代設定は一番新しくてもその年から五十年前のことでないといけない(らしい)。

Short Story Dagger:最優秀短篇賞。その年で一番優れていた短篇ミステリに贈られる賞。

 他にも、CWA賞翻訳部門やノンフィクション贈られる賞、イギリス国内の図書館利用者に最も人気だった作家に贈られる賞などもありますし、最近新設された賞もあるようです。全部で十三部門あります。


・CWA賞の規定

 CWA賞のロングリストやショートリスト(最終選考)に選ばれる作品は、どのような基準を満たしていなければならないのでしょうか。
 まず、CWAの選考のために賞へ作品を登録せねばならず、それはCWA公認の出版社、公認された出版社から作品を出版している作家、自費出版の作家がCWAのサイトからノミネートに値すると考えた作品を自分で登録します。
 また、以下条件を箇条書きにすると
 
 ・イギリス国内のCWAの公認出版社からその年に初めて発表された作品
 ・対象期間はその年の1月1日から12月31日まで
 ・紙の書籍、電子書籍の両方に資格がある(どちらかだけでもよい)
 ・登録の締め切りは上半期下半期に別れている
 ・下半期の登録の締め切りはその年の十一月である
 ・配布するような無料の書籍は対象外
 ・自費出版作品の作家はCWAの会員でなければならない
 ・自費出版作品の作家はイギリス国内で出版していなければならない
 ・ゴールド・ダガー賞は翻訳作品(他言語から英訳された作品)は対象外
 ・他のダガー賞では翻訳作品は対象内
 ・短篇の定義は千語以上~一万五千語以内の作品
 ・長篇・短篇集一作ごとに税込み九十ユーロ、短篇一作は税込み三十ユーロの費用をCWAに支払う必要がある
 ・しかし作家がCWAの会員であれば費用は半額になる

 ……まだあるようですが、主にこれくらいでしょうか。参考にならない部分もあるかとは思いますが。
 これで、伊坂さんの作品がなぜゴールド・ダガー賞でノミネートされなかったかがわかりました。横山秀夫さんの『64』がショートリストに残ったときは、当時のインターナショナル・ダガー賞でのノミネートでした。現在は"Dagger for Crime Fiction in Translation"になっていますね。


・新設されたダガー賞についての雑感

 横道にそれますが、最近(今年でしょうか)新設されたダガー賞がふたつあります。それは、"Whodunnit Dagger"と"Twisted Dagger"です。
 着目したいのは"Whodunnit Dagger"で、"the modern cosy"や"the traditional crime"、"the Golden Age-inspired mysteries"が対象となり、つまり現代のコージーミステリやシャーロック・ホームズの系譜のミステリ、黄金期(クリスティーやクイーンらが活躍していた時代です)をインスパイアした作品が対象です(ここで"mystery" という語が用いられたのは、"the Golden Age"はアメリカでの動きも含むからだと思います)。

 簡単に言えば、日本で言うところの「本格ミステリ」が対象となっています。「本格ミステリ」で使われる意味の「本格」は英米圏に的確な訳語がないに等しいのですが、この賞の指すところとしては「本格ミステリ」に近しいのだと思います(「本格」の意味で"puzzle plot mystery"という言葉を使っている記事は見かけたことがあります)。

 この賞のノミネートの規定に「翻訳作品を除く」ということは書いてありませんので、もし日本の「本格ミステリ」がもっと英訳されれば、まだまだCWA賞に日本の作家の作品がノミネートされる可能性があるのではないか、とふと考えました。
 ちなみに、"Twisted Dagger"は現代的な(ガスライティング・スリラー的な)サイコ・スリラー、"Domestic noir"(ドメスティック・ノワール、日本語に適切な訳語が見つけられなかったですが、ギリアン・フリン『ゴーン・ガール』のようなジャンルです)、「信頼できない語り手」ものなどが対象のようです。


・さいごに

 色々書いてきましたが、ちょっと早足だったでしょうか。
 私は翻訳ミステリをよく読み、CWA賞という名はなじみが深いです。ただ、どのような基準で作品が選ばれているのか、どんな部門があるのか、ということについて詳しく調べたことはありませんでした。
 伊坂さんの作品のショートリスト入りをきっかけに調べてみて、私が知らなかったことだらけでなかなか面白いな、と感じました。
 この次は、MWA賞(アメリカ探偵クラブ作家賞、エドガー賞)についても調べてみたいと思います。

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