野村朋弘

函館生まれ。幼少の頃から歴史好き。「歴史では食べていけない 」といわれ工業高校に進学。上京し郵便局員として仕事をしつつ、大学で日本中世史を専攻。大学院進学に合せて公務員を辞め、それからは持って生まれた器用貧乏さで、さまざまな領域に迷い込み現在に至る。旧字体主義の大学112期卒。

野村朋弘

函館生まれ。幼少の頃から歴史好き。「歴史では食べていけない 」といわれ工業高校に進学。上京し郵便局員として仕事をしつつ、大学で日本中世史を専攻。大学院進学に合せて公務員を辞め、それからは持って生まれた器用貧乏さで、さまざまな領域に迷い込み現在に至る。旧字体主義の大学112期卒。

最近の記事

松尾大社展のみどころ

京都文化博物館と鳥取市歴史博物館での松尾大社展ですが、天下人の書状だったり神社の神事を全うするための営為だったりと様々ポイントはありますが、注目していただきたいのが、科学分析及び修補です。 私が下っ端としては参加している東京大学史料編纂所の渋谷綾子さんを代表者とする科研「「古文書科学」の応用実践」(基盤A)や編纂所の共同研究の知見をふんだんに盛り込んでいます。料紙を科学的に分析し、データを集積していくという取り組みについては、渋谷綾子・天野真志『古文書の科学』(文学通信)ht

    • シンポジウム「最新研究で解き明かす 松尾大社史料の魅力」

      先日、京都文化博物館の別館で特別展のイベントとして、シンポジウム「最新研究で解き明かす 松尾大社史料の魅力」が開催されました。200人の定員のところ、事前に定員となったとのこと、ご登壇下さった友人の皆様、そしてお越し頂いた皆様、誠にありがとうございました。 シンポジウムについてですが、開催することが展示準備段階で決まっており、どのような内容にするか思案しておりました。個人的な調査からはじまって、東京大学史料編纂所の共同研究や科研で調査・研究させていただいており、内容に統一性

      • 松尾大社展での新出史料

        京都文化博物館で開催されている「松尾大社展」ですが、9割の展示品が初公開としています。 厳密にいうと、松尾大社の史資料は1800点ほど目録整備され『松尾大社史料集』で活字化されていますが、それらの原本が公開されることはありませんでした。 そうした史資料の原本が初公開となります。 目録整備され『松尾大社史料集』で活字化しているもののほか、今回の展示に向けての調査で、見つかった史資料も多くあります。それはいわば「新出」史資料になりますので、列挙しておくと次の通りになります。(番

        • 研究成果を公開すること。

          4月27日から京都文化博物館で特別展「松尾大社展 みやこの西の守護神 」が始まった。 わたしは監修及び企画委員をしており、ほぼ「言い出しっぺ」である。今回はこの展示を紹介をしたい。 松尾大社とは京都市西京区、四条通りの西のつきあたりにある古社である。701年から現在の地に鎮座しつづけ、朝廷や幕府、そして民衆から信奉されつづけてきた。いまではお酒の神様としてのイメージが強いかも知れない。 わたしは10年以上前から松尾大社へ史料調査に入らせていただき研究をしてきた。また途中から

          「地域の首都」感

          毎年7月の連休は大学院のゼミ生とフィールドワークを函館で行っている。地域研究のフィールドとして西部地区を巡ったあと、調べ事もあったので数日函館に残っていた。そんななか瀧澤酒店さんで素敵な出会いをし、はしご酒をしたADDICTでこれまた奇縁があった。地域研究で地元の函館を勉強しなおそうと思ってから縁が広がり続けている。ありがたいことだと思いつつも、この縁は函館のサイズ感が関係しているようにも思う。偶さかTwitter(いまはXというらしい)で、ローカル食図鑑(@kKMGOS77

          「地域の首都」感

          松尾神社宮司を勤めた久我建通

          これは縁あって落手した掛軸。久我建通の画と歌です。 久我建通は幕末から明治期の公卿です。建通は皇典講究所が創設された際、副総裁となった人物であり、そうした点については國學院大學の比企さんが書かれています。 建通のもう一つの側面として、神社との関わりがあります。 明治4年に太政官布告で神官世襲制が廃止され、当時の松尾神社(現在の松尾大社)も秦氏の宮司世襲が廃されました。そのときに宮司として迎えられたのが久我建通です。 彼は摂関家の一条忠良の子で久我家の養子となりました。久我家は

          松尾神社宮司を勤めた久我建通

          オフラインの効能

          2023年は6月から12月まで毎週どこかへ出張している。学務の場合はもちろん、研究のための調査も多い。 そうした際少しでも時間があればしていることがある。街を歩くこと、そして古本屋に寄ることと珈琲屋を探すことである。 今日的には「日本の古本屋」というサイトがあり、全国の古本屋の在庫が調べられ購入することも多いが、その地域でしか見つからないもの・入手出来ないものもある。 特にwebでの在庫検索は、目的に直接当たれる利便性があるものの、その周辺というのはなかなか探しづらいものだ。

          オフラインの効能

          ぐんしょ

          調べ事で『ぐんしょ』をめくる。子規や碧梧桐の群書を買おうとする話は腹を抱えて笑えるほど面白い。いまも昔も変わらないのね。

          2024年、松尾大社展が開催されます。

          来春、松尾大社展を京都文化博物館で開催します。 史料調査をはじめてさせていただいたのが、2012年くらい。2019年からは東京大学史料編纂所の共同研究に採択され、仲間と調査・研究を進めてきました。松尾大社は重文の御神像が著名ですが、豊富で良質な史料群をお持ちです。 共同研究の成果としては、編纂所のSHIPS_DBで史料画像をweb公開することが2023年1月からはじまりました。メディアでも取り上げていただきました。 https://www.u-tokyo.ac.jp/fo

          2024年、松尾大社展が開催されます。

          松尾大社所蔵史料の画像公開について

           報道で取り上げて頂きましたが、松尾大社と東京大学史料編纂所との協定に基づき、松尾大社が所蔵している史料の高精細画像が史料編纂所のDBにて公開されることになりました。  松尾大社所蔵史料は、吉川弘文館から『松尾大社史料集』として刊行中であります。  史料編纂所でも史料採訪されており、影写本と写真帳がありましたが、一部ないものもあり、また新出史料もあり、改めて高精細画像を撮らせていただきました。その成果の一部が今回の公開になります。  今後も新出史料まで視野に入れ、松尾大社と

          松尾大社所蔵史料の画像公開について

          文字史料に遺らない伝統技術をどう維持するか

          2022年度がスタートした。 学部や大学院の他、このところ公開講座である藝術学舎の講座開発に勤しんでいる。新型コロナウイルスの感染拡大で、大学での学び方も大きく変化した。大学教育2.0のように、オンライン授業の開発が進められている。 ただ闇雲にオンラインを進める訳ではなく、芸術大学ならではのオンラインでの学修効果がある講座、対面だからこそ理解できる講座を精査したい。 そうした中で対面講座を開いているのが「表具文化のいろはの「い」」である。履修証明プログラムの「伝統文化スチュワ

          文字史料に遺らない伝統技術をどう維持するか

          誤字

          いつの世にも誤字は絶えない。 今年も幾つかの論文を書き、次年度に公開される文章などを書いてきた。 「あぁなんたる駄文」と忸怩たる思いになることはよくあることだが、それ以前の話となる誤字・脱字について、取り上げたい。 文章を書く際に注意する基本の一つが、「誤字」「脱字」をしない。ということだろう。この他、「衍字」もあるだろうか。それぞれ『日本国語大辞典』で意味を確認すると次のようになる。 誤字…「あやまった形、用法の文字。まちがって書かれた字。」 脱字…「あるべき文字が抜けて

          いま出ました。

          蕎麦屋の出前ではない。史料集を出した。 史料纂集の古文書編、宇治堀家文書である。古文書編としては51回目の配本となる。 宇治堀家文書は国立歴史民俗博物館所蔵の田中穣氏旧蔵典籍古文書にある。3巻からなり、京都宇治の中世から近世にかけて活躍した茶師の堀家が集積していた文書群と考えられている。現存するのは148通である。朝廷や幕府、大名と、一般の方々が興味関心を引く文書は少なく、多くは土地の売券である。茶師の堀氏がどのように土地を集積していたのか、また売買のやりとりはどのようなもの

          いま出ました。

          「名付ける」ということ

          先日、東京は下井草のギャラリー五峯に行く機会を得た。友人の小川哲さんの個展をみるためである。哲さんは町田に天点窯を持つ陶芸家である。彼の作る盃は、飲んだくれとしてとても手に馴染む。ゼミ生への卒業祝いの盃をお願いしても、気さくに引き受けてくれる私にとっては大切な友人の一人である。ギャラリー五峯で毎年同じ時期に個展を開いており、仕事の合間ながらお邪魔して様々な話を聞くのが恒例の愉しみにもなっている。 そんな彼の大小の様々な形をした皿や茶碗といった作品を眺めつつ、今年談義していたの

          「名付ける」ということ

          節分と立春正月

          今年は2月2日が節分ということで、例年の3日とは異なる。節分が2日となるのは124年ぶりという。 ともあれ、新型コロナウイルスの感染拡大にともなう緊急事態宣言が発出されている地域もあり、それぞれの自宅で「鬼はそと」と豆まきをされる方も多いだろう。 伝統的な年中行事の一つである「節分」。実は年に4回あったといえば驚かれるだろうか。 本来、節分は「季節」の分かれ目を指す。季節が変わる節目といえば二十四節気のうち、「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の四立が該当する。 暦では四立の前

          節分と立春正月

          職場の名前について

          先日、所属している大学の名称について地裁で判決があったという。その内容云々については、特にここで書くつもりはない。 ただ、この件が世間を賑わしたときに、思ったのは「母校の名前が変わる」のと「所属大学名が変わる」のでは思い入れはずいぶんと違うだろうということだ。また、職員と教員でも異なるだろう。 旧名称の頃に、学内で書き溜めた学内向けのコラムを私家版として製本した。その「あとがき」に名称変更について、雑感を書いたが、その思いはいまのところ変わっていない。特に人目に触れていな

          職場の名前について