実家の湯沸かし器が壊れる その3

その1はこちら。
https://note.com/tomohasegawa/n/n59bcd0be61d7

その2はこちら。
https://note.com/tomohasegawa/n/naf5e44adc409

まさか東京に戻ることになろうとは。オミクロン株感染の怖ささえも凌駕する、湯沸かし器無し生活への理不尽ともいえる不安。血圧の上昇の一番の起因が極度のストレスであることを嫌が応にも思い知らされることになった。

当然だが帰る用意を全くしてはいない。普段なら戻ると決める日まで、ゆっくり一日くらいかけてビールでも呑みながら行う。さて今は状況も状況なので、まずは暖かいインスタント・コーヒーを入れつつ、パソコンを付けて、と。実は僕には淡い期待があった。やがて連絡が入って、大分気分が落ち着いたから、来なくても大丈夫よ、なんて母から言われて、そうなんだ、じゃあ安静にしてね!と、再び布団へ舞い戻れるんじゃないか、と。暫くすると母からだろう、携帯電話としての呼び出し音が鳴った。

「新幹線にファースト・クラスがあるでしょ?」。「ファースト・クラス?もしかしてグリーン車のこと?」。「そう、それで来なさい」。

ここに来て、母の頭脳はいよいよ明晰、且つ冴え渡っている様子だ。つまり新幹線が混んでいるとオミクロン株に感染するリスクが高まるから、より空いていて席に距離があるだろうグリーン車に乗れ、という指示である。そしてそれは、名古屋でいつも寝ているこの羽毛布団との絶縁宣言を突き付けられた、ということも意味していた。

朝9時。暫くは味わうことが出来なくなるだろう朝シャンを済ませ、片手に一番搾りのロング缶を持って...そんな優雅な旅行気分とは無縁の気構えで、新幹線のぞみのグリーン車の席に座っていた。初めての体験である。グリーン車に乗ることも、そして湯沸かし器無し生活に母と二人飛び込もうとドキドキしている状況も。笑いを取っている場合ではない。既に母はその戦地に孤軍でおり、我が救援を待っているのだ。これから先、気を引き締めていかなくてはならない。

実家から歩いて5分位の場所に最新リニューアル銭湯がある。朝シャンだってそこですればいい。今の未曽有の危機に対して、実家の立地条件はかなり良い部類と言えるだろう。しかし僕にはわかっていた、母は銭湯には行きたがらないということを。銭湯内でマスクをすることは出来ないから、感染するかもしれない、確かにそう思っているのは想像出来た。更に僕が知る情報としては、母はちんちんの、つまり熱めのお湯が嫌いなのだ。湯船に浸かるのを大いに好むが、39度くらいの、僕にしてはぬるま湯に値する水温に浸かり、しかもその浴槽内で自身の体を丁寧に洗い切る。だが幸か不幸か、毎日シャンプーはしない習性で、多分一週間くらいしなくても平気の平左だろう。ヨーロッパ・マナー、特に今でも2,3日に一度というイギリス人に結構近いメソッドではないか、そう言って頂けるお風呂事情通もいることだろう。ヤングな輩は御免被りたい所であろうが、母はそのライフ・スタイルを血族である僕に無慈悲に強要してくる可能性があった。もちろんそれさえ僕には想定内であったけども。

実際漫然とのぞみのグリーン車に乗って戦場へと単身赴く僕ではなかった。確かにワンピースのスマホ・ゲーム、トレクルとバウンティ・ハンターを交互にプレイする余裕さえ車内で見せてはいたが(誰も僕を見てはいなかったが)、ちゃんと赤福のようなおみやげ、ならぬ、秘密兵器を用意してはいたのである。もし母の許可があれば、いつでもAmazonでポチっとな、するであろう、リーサル・ウエポン...

“クマガイ電工 沸かし太郎 SCH-901 業界最大級910Wの強力ヒーター 湯水をお好みの温度に 自動コントロール IC保温 多用途加熱&保温ヒーター 災害時の備えとして 沈めるだけで湯沸かし”

である。

だが同じ“お湯無しライフ”境遇の方が見てくれているだろうことを想定しているにも拘らず、そのリンク先をここに置くことは避けたいと思っている(先の“”内の言葉をそのまま検索すれば出るわけだが)。その時は知る由もなかったが(実際は単なる僕のチェック不足)、この兵器は言うなれば弾なしであった。もしくは文字通り、リーサル=致死的、つまり今購入することは出来ず、納期がひと月先となっている、今の状況下で直に反映している、人気商品だったのである。

続く。

その4はこちら。
https://note.com/tomohasegawa/n/n9e0d4914b4b7


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