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海外MBA社費派遣の光と闇

日本からの海外MBA留学生の約60%が会社派遣(社費)で、残り約40%が私費と言われており、私の体感値もそれに準じます。

他に国として特に社費が活発なのは韓国くらいですが、やや減少傾向にあるように見受けられます。

また、卒業後の転職防止用の企業側の戦略、成人男性の義務である軍役、日本と同等かそれ以上の年功序列社会など複数の要因が相まってか、日本では見ることのない40代でフルタイムMBAに派遣されるような方も少なくありません。

その他、名だたるグローバルコンサルティングファームだったり、海外のいくつかの大手企業が個別に派遣しています。

いずれにせよ、どの学校においても、総体として見ると社費は少数派です。

本稿では、社費派遣制度について、あえて派遣する企業側目線を中心に考察します。


社費生の流出

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他国と比べて日本企業が特徴的なのは、卒業直後に社費生が他社に移ってしまう例に直面することが頻繁、ということです。

その背景について、「日本企業が海外MBA生をどう取り扱うべきか理解していない」と、よく言われます。

簡略化するなら確かにその通りかもしれないと思う一方、もう少し中身は複雑ではないかと思います。

日本のMBA採用市場は他国では見受けられないレベルの売り手市場で、この状況は新型コロナウイルスの影響を踏まえても、今のところ変わっていません。

つまり、元々優秀であると見込まれているはずの社費生が就職活動をやってみたらMBA採用企業(主に外資系の日本拠点)からオファーが出てしまうということは、極めて一般的です。

派遣元が日系だけだと仮定しても、給与水準が特に高い商社など一部の方を除けば、こうしたMBA採用企業からのオファーは、派遣元へ帰還するよりも、報酬面で一層魅力的なものです。

日系企業から社費留学して、卒業直後に退職し、日本の資本が入っていない外国企業の海外拠点で働き出す、といったほどの大胆なことをする方に出くわしたことは殆どありません。

但し、韓国などと異なり、国内のMBA採用市場の応募側にとっての充実が、このような流出傾向に拍車をかけているのは確かです。

派遣元の企業は、社費派遣されて卒業直後に退職する方に不平不満を述べるに留まるのではなく、社費派遣を続ける=このようなMBA採用企業との競争に晒される可能性が高い、という現実から目をそらさずに、打ち手を考える必要があるのではないでしょうか。


打ち手1.社費派遣制度の完全な撤廃

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留学に出した人材が卒業直後に退職する例があまりに多いのであれば、制度自体を撤廃することも一手です。

これの派生系として、社費派遣する代わりにMBA採用に切り替える企業も一部あります。

派遣制度自体が、1990年頃の大量派遣されていた頃の名残りで残っており、それらの方が役員ポジションで重鎮として居座っていて制度に愛着を感じている結果、制度の実用性に現場は疑義を感じながらも、撤廃することができないでいる、というのもよくある話です。

あるいは、新卒採用で使うための人参として残している、つまり入社した際にあり得る魅力的なキャリア機会として見せるための材料として、社費派遣制度を残しているという話も時折聞きます。


打ち手2.休職制度の充実

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折衷案としての側面もありますが、MBA留学に伴う休職制度を充実させるのも一手です。

最近、MBAには限らないながらも、留学にあたり、休職制度を利用する例が増えている気がします。

これであれば、社費派遣とは異なり、留学生自体が持つ期待値も変わってくるでしょう。

つまり、自分は選抜されて派遣されているのだからそれに見合った待遇を卒業後に帰還して得られるべきだ、という発想を留学生自身が持つことが多少は減るでしょう。

今年は特に、新型コロナウィルスの影響で雇用情勢の不透明さを懸念してか、私費であっても可能であれば休職により卒業後の1つの選択肢を残しておきたいと考えて出願する方が増えた印象もあります。

但し、休職はあくまでセーフティーネットであって、過半数が結局転職の道を選ぶのではないかと私個人としては予想します...



打ち手3.派遣する対象者の年齢上昇

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前述の韓国でよく見られる姿に繋がり得る打ち手です。

ミッドキャリア向けを謳ったプログラムやエグゼクティブ向けのMBAを除き、卒業時の年齢が40歳前後にまでなると、トップスクールに社費とはいえ入りづらくなるのが最大のリスクですが、派遣される本人が転職するリスクを減らすためには有効かもしれません。

トップスクールの定義が曖昧ながら、トップスクールへの派遣に対する温度感も会社によってまちまちですので、低温の会社はこれを検討してみても良いかもしれません。

但し、あまりに周りの同級生よりシニアな状態で入学してしまうと本人にとって居心地が悪い可能性はあるし、MBA受験に必要な準備の本人にとっての負担感が色んな理由で増す可能性があります。

したがって、少なくとも派遣年次について透明性を保った誠実なコミュニケーションを社費派遣候補生に対して人事がしていくことは重要でしょう。

あるいは、ミッドキャリア向けを謳ったプログラムやエグゼクティブ向けのMBA、つまり相対的にキャリアチェンジを想定しにくいMBAのみを対象とするというのも考え方次第ではあり得るでしょう。

例えば、UAEの場合、人口の10%程度しかいない自国民(Emirati)がある種の特権階級にあり、ドバイではなく、政府組織の多いアブダビで働いているケースが多いです。

彼らは、企業派遣でMBAよりもむしろエグゼクティブMBAに行くケースが多いとも聞きます。


打ち手4.社費派遣制度の充実

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「充実」という言葉が実に曖昧ですが、他社に移りたくないと思えるくらいの待遇を提供するのも1つの選択肢です。

4-1.留学派遣人事担当者

私も、仕事柄、社費派遣元の人事様とお話をさせて頂くことが多いですが、人事担当者様の海外MBAに対しての理解と支援の度合いに関しては、会社により雲泥の差があります。

私が私費留学のために前職を退職する際の留学派遣人事担当者は、某米国トップMBA卒の方でした(その後の担当は、MBAに関係しない方に変わったようですが)。

本人のキャリアとしてこのポジションを卒業後に担うことが良いかどうかはさておき、少なくとも留学生目線で言えば、留学派遣人事担当者が海外MBA卒であることは非常に心強いでしょう。

その方自身がメンター役としても機能できますし、本人の留学中に社内で起こりうる本人に関連した人事関連の諸々について一層重要な役割を果たすことができるでしょう。

4-2.定期的な在学中のメンタリング

留学中、放置プレイされた方がむしろ良いという社費生もいるでしょうが、その方を引き留めるためには、やはり定期的に人事あるいはそれ以外のメンターが留学生と話す機会を設けることが重要でしょう。

文面での報告物を留学中定期的に要求する社費派遣会社は多いようですが、頻繁に話していると聞くことはそう多くありません。

話す内容も、新型コロナウィルスの影響でどうなっているかといった安全面の話のみならず、本人が学んでいること、それに着想を得て会社で実現したいこと、それが実現できるポジションの検討、など、会社の実務と留学先での学びを繋ぐ内容が話の大半を占めることが望ましいでしょう。

社内で既に卒業した海外MBA生がメンター役を担い、人事担当者以外に、その方からも同様の支援をしていくことが理想ではないでしょうか。

卒業・帰国後の成果報告会だけでは、到底足りません。

このコミュニケーションを重視することが望ましい点については、私も必要に応じて、お節介と承知ながら失礼のない範囲で、IESE(イエセ)に派遣されてくる社費生の担当人事様には入学確定後お願いさせて頂くことがままあります。

4-3.海外MBA卒業後のポジション

本人が実現したいこととの兼ね合いがあるので難しいところですが、個人的には似たようなマインドセットを持った方々で組成されるチームの一員に、まずはなってもらうことが望ましいような気がします。

海外MBA卒の思考回路や悩みは、そうではない方々に理解しようがない点が多々ありますので。

つまり、海外MBA卒業生で大多数が構成されるチームに配属する、というものです。

報酬面で明確な差をつけることは伝統的な日本企業では難しいでしょうが、このような人材配置は不可能ではないはずです。

一部のグローバル企業の社長室が国籍関係なく海外MBA生に人気を博すのは、待遇もあるでしょうが、社長の直轄ないし全社戦略に関わる重要な部署であることが明確で、海外MBA生で構成される部署であるからでしょう。

結果として、卒業後のメンタリングも容易になります。

その上で、パフォーマンスが出なければ、そのチームから出てもらい新陳代謝を図るというやり方も取れるでしょう。

また、会社として夏休みのインターンで海外MBA生をこのチームに受け入れ、一緒にプロジェクトを組ませることで時折外から刺激を加えるというやり方もあり得るでしょう。

但し、この打ち手をどれだけ充実させても結局数年後にはその方が離職されてしまうということは十分にあるでしょう。

実際、私が卒業生によるパネルディスカッションを受験生向けに企画しようとする際にも、卒業数年後の方からピックアップしようとすると、社費で今もその会社に残っている方がだいぶ減ったなぁと感じたりします。

私の代(IESE MBA Class of 2016)は過半数残っているので、むしろレアです。

海外MBAというのは、留学する本人にとって、それくらい、機会と同時に心も開けてしまうものです。


その他の打ち手(悪手)

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他の考えられる打ち手として、卒業後の離職不可とされる拘束期間を一層長期化させ、それに反した場合は一括の可能性も含めて、留学中の諸費用の返済を求めるというものがありますが、これは効果が薄いという点で悪手でしょう。

ごく一部、その費用すらも肩代わりするMBA採用企業も存在するようですし、そうでなくとも、MBA生は、少なくとも通常トップMBAを卒業している限りにおいては、諸費用が自己投資に成り代わったとしても後々十分取り返せることを認識しています。

あるいは、外資系MBA採用会社に対抗すべく、報酬や海外MBA生が嫌気しがちな年功序列・縦割り文化を変化させていくということも理論上の打ち手ではありますが、一朝一夕でできるものでは到底ないでしょう。


おわりに

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極めて個人的には、年功序列は好まないものの、一社で働き続けるという日本の文化自体は、実は欧米のそれよりも本能的に好きです(複業は、一定の条件を満たす限りにおいて、肯定派です)。

転職は、ドラゴンクエスト3方式で、するにしても慎重かつ計画的(されど時に大胆に)にするものだと思っています。

*転職すると、新しい職業でレベル1からやり直しで、パーティーの中でパフォーマンスを出すまでに時間を要する。

最近は生涯を通じて見た時に長期化する勤労期間という不可避の流れが、職場を頻繁に変えることを正当化する都合の良い根拠に使われている風潮(それが美徳とされる暗黙の雰囲気)も感じます。

企業目線においても、MBA留学をして戦闘能力を高めた上で自社のことを熟知した人がとどまり続けてくれれば、本来は、鬼に金棒なはずです。

外から新しい風を吹き込むことも会社の変革には必要ではあるので、要はバランスと考えます。

新型コロナウィルスの影響を受けて、昨年から今年への入学延期を学校に要請しているような社費派遣会社は多少ありました。

但し、今年の全面的な凍結という話については、やはり新型コロナウィルスの大企業へのダメージが局所的なものを除き限定的であることの証明なのか、想定していたよりも耳に入ってきません。

このような形で引き続き新型コロナウィルス後も多く残存するであろう社費派遣制度の光の部分を活かせるよう、社費派遣企業には一層の検討を期待したいところです。

まだまだ掘り下げ甲斐のある話題ですが、今回はここまでにしておきます。






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