翔伍と俊二

 俺の名前は白鳥翔伍。どこにでもいるしがない高校生さ。文化祭を直前に控える浮かれた高校一年生だ。
名探偵でなければ海賊王でもない、火影にも死神にもなれなければヤンキーにもなれない、そして何より大好きな英恵ちゃんの彼氏にもなれない男、それが白鳥翔伍だ。
だが俺にだって使命はある。そう、他校生からこの学校を、守ることだ。

事件はいつも突然に起きる。放課後、教室で文化祭準備に励んでいた俺と基次郎は、窓の外でそいつを見かけた。茶色のブレザーにバーバリーを思わせるおしゃれなチェックのスラックス。いかにも金持ち高校に通ってそうな男が、校門の前に立っている。遠目からはいまいちわからないが、おそらくイケメン。クソ。どうせ生徒会が異常なまでに権力を振るっているようなそんな学校だろ。屋上とかで昼休み過ごせちゃうような学校だろ。クソ。

まあそんなことはどうでもいい。問題はそいつが何のために、わざわざ校門前にいるか、だ。カチコミにでも来たのだろうか。ふん。たった一人で来るとは、なかなか度胸がある。だが、あまりにも向こう見ずだ。この俺、白鳥翔伍が守る学校をたった一人で陥落させようなんて言うのは、無理な話だ。

「シメとく?」

事も無げに基次郎が言った。俺ですら口に出すのがはばかれるようなその言葉を、こうも簡単に言ってしまうとは。
さすが基次郎。夏休みの宿題を全て期限内に提出しただけある。

だがしかし、大きな問題があった。
そう、今は文化祭の準備中だ。俺たちは、伊吹真美子に「4時までに塗っておいてよね」と言われ、段ボールの塗装に励んでいたのだ。これをサボって抜け出そうものなら、「ちょっと男子ーまじめにやってよねー」の刑は免れない。もし、もしそんな姿を英恵ちゃんに見られでもしたら、俺はもう、文化祭当日に風邪をひいて休むしかない。

その時、窓の外に動きがあった。なんと、英恵ちゃんがその男のそばに駆け寄って行ったのだ! なぜ……。俺は深く深呼吸をした。すー。はー。まあこんな時、少女漫画では90%の確率で、兄弟だというオチが付く。俺がもう一度窓の外を見ようとしたとき、基次郎が言った。

「手ェ繋いでね?」

いや、繋いでいない。あれは光の異常屈折現象だ。つい30分ほど前に副校長が行った水撒きで、アスファルトの温度が下がった一方で、今日のこのうだるような気温。これら二つの要素が原因で起こった蜃気楼だ。俺はいつだって冷静な男。こんなことで取り乱すようなことはあってはならない。手なんか繋いでいない。いない。

そこへ、伊吹真美子がやってきた。窓の外をちらっと見ると、こう言った。

「あ、俊二じゃん。英恵の彼氏だよ」

あー。なるほど? 俺は努めて冷静に「へえ。いい男じゃん」と言った。俺のそんな様子を見て、伊吹真美子はにやにや笑っている。絶対に許さない。

まあいい。まあ。いい。まあいいんだ。俺は、白鳥翔伍は、ラブレターより果たし状を愛する男。恋なんぞにうつつを抜かしている場合ではない。基次郎もそうだろう。すると、伊吹真美子が言った。

「基次郎、もう終わるっしょ?」
「ああ。帰るべ」

え、待って。お前らそんな感じだったけ? なんかもっと、あれ?
動揺する俺に、基次郎が言った。

「わりい、翔伍。俺ら付き合い始めたから」

あーーーー。なるほど。これが文化祭マジック。どうせ終わったらすぐ別れるやつだ。なんだよ。基次郎。いつからだよ。え、一昨日? あー、ふーん。

窓の外にはもう、英恵ちゃんも俊二もいなかった。基次郎と伊吹真美子は、なんか知らんけど横でイチャイチャしている。

もういい。
大丈夫。大丈夫。俺の青春は、まだ始まったばかりだ。

おしまい

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?