旅人の旅の終わり
旅人はもうずっと長いこと、一人で旅を続けていました。まるで何かを探すように、世界中を歩き回っていたのです。凍える北の大地に行ったこともあれば、熱い砂漠の地へ行ったこともあります。みんなが競って高いところに住もうとするおかしな村や、誰もが涙を流して暮らすような不思議な国に行ったことだってあります。でも、どんなにいろんなものを見ても、旅人が探している何かを見つけることはできませんでした。
ある時、旅人がたどり着いたのは、川沿いの美しい街でした。子供たちは元気に駆け回っているし、通りすがりのおじさんは陽気に鼻歌を口ずさんでいます。井戸端会議をするおばさんたちですら、まるで春を祝う小鳥のさえずりのように華やかに見えました。
「やあ、ここの人たちはみんな幸せそうに見えるね」
旅人は、花束を抱えた乙女に声を掛けました。そうすると乙女は、鈴の鳴るような声で答えました。
「ええ。だって私たちはみんな、一番大切にしなければならないものが何なのか、よおく知っていますから」
それを聞いた旅人は、しばらくの間この街で過ごすことに決めました。街の人々は、見知らぬ旅人でも、見かけるとにこやかに挨拶をしてくれますから、たいそう居心地の良い街でありました。
旅人がすっかり街になじんだある日、あの時の乙女を見つけました。また、花束を抱えている乙女に、旅人は声を掛けました。
「やあ、久方ぶりじゃないか。ここは良い街だね」
「ええ。そうでしょう」
「ところで君はまた、花束を抱えてどこに行くの?」
一緒に行きますか、と乙女が言うので、旅人もあとをついて行くことにしました。そして軽やかに歩く乙女がやってきたのは、街はずれの高台に建つ墓地でした。
「七年前に大きな洪水があって、街の多くの人々が大切な人を亡くしてしまいました。ですからそれ以来私たちは、いつにも増してたくさん笑うようになりました。大切な人の最後の記憶が、笑顔であったほうが嬉しいでしょう」
そう言うと乙女は、一輪ずつ花を手向けて回りました。旅人はその様子をじっと眺め、やがて何かを思い立ったように言いました。
「今日この街を発つことにするよ。国で家族が待っているんだ」
乙女はニコッと微笑むと、旅人を見送りました。
それから旅人は、世話になった街の人たちに挨拶をして回ると、急ぎ荷物をまとめ、街を出ていきました。自分の生まれ育った国を目指し、ひたすらに歩き続けます。しばしの休憩の間も惜しいほど、早く家族に会いたかったのです。
そうしてひと月が経った頃、ようやく国へと帰ってきました。国の人々は、世界中を旅して回った勇敢な旅人をそれはそれは歓迎しました。けれども旅人は、帰還を喜ぶ人々の間をすり抜け、急ぎ家へと向かいました。
旅人の生まれ育った家は、変わらずそこに建っていました。ドアノブに手をかけると、ゆっくりと扉を開け、恐る恐る「ただいま」と言いました。
「おかえり」と懐かしい声がして、旅人はほっと胸を撫で下ろしました。それから、今まであった旅の出来事を語るため、旅人は歌い出しました。旅人の、優しくて、力強くて、暖かくて、冷たくて、でもどこか不思議な歌声に、国の誰もが聞き惚れました。
長い長い旅を続けていた旅人は、やっと自分の探していたものを見つけたのです。
おしまい
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◆日時◆
4月中毎日22:45頃
◆場所◆
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◆内容◆
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【脚本】たかはしともこ(@tomocolonpost)
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