少女銃殺

その日、地方紙の一面を飾ったのは、非常に悲しいニュースであった。

「少女銃殺 ギャングの抗争に巻き込まれたか」

人々は、少女にこれから訪れるであったはずの華やかな人生を想い、涙し、花を手向けた。

同じ刻、ベットの中で震える一人の少年があった。まだ若いその少年は、昼間だと言うのに部屋の明かりも付けず、うずくまっていたのだ。そしてその少年こそまさに、少女を撃ち殺した犯人であった。不仲な両親から逃げるようにギャングの仲間入りをした少年は、犯した大きな罪を、誇ることもできなければ悔い改めることもできなかった。ただ部屋に篭り、何かが起こることを、あるいは何も起こらないことを願っていた。

所詮、不良少年の集まりに過ぎない他のギャング達が、少年一人に罪を被せるつもりであることは明白だった。いつ身を売られるか、遠く聞こえるサイレンの音に怯えて過ごすうち、夜がやってきた。

一人暮らす少年のアパートに訪問者があった。訪問者は、警察でもなければ両親でもない。ギャングの仲間たちですらなかった。そもそも訪問者は、呼び鈴も鳴らさず、玄関の戸も開けずに入ってきたのだ。窓から入ってきた強盗というわけでもない。訪問者は、幽霊であった。

ぼうっと立つその幽霊は、昼間少年が殺したあの少女であった。少年は恐怖のあまり泣き叫んだ。そんな少年を、なぜか少女は精いっぱいなだめた。少年が落ち着いたころ、少女が言った。

「私、死のうと思っていたのよ。だからあなたには感謝しているわ」

少年はポカンとした。恨まれるのではなく、感謝されてしまった。少女は続けこう言った。

「ボーイフレンドに振られた帰り道だったの。その足でエンパイアビルに向かったわ。ほら、あそこって高いじゃない? でもあなたが殺してくれたから、わざわざ行かなくても済んだし、飛び降りる勇気も必要なかったわ」

少女は、まるで夕食の献立を説明するかのように、たんたんと言った。少年はやっとの思いで「そりゃよかった」と言った。

「じゃあ、なんでこんなところに化けて出たんだよ。何か頼みでもあるのか」

そうよ、と少女が言った。少女は、自分を振ったボーイフレンドが、今どんな顔をしているか見たいと言う。

「そんなの、一人で勝手に行けばいいじゃないか。悪いけど、僕は部屋から出たくない」
「それがね、あなたのそばを離れられないみたい」

仕方なく少年は、厳重にヘルメットをかぶり部屋から出た。罪を償う気持ちと、呪い殺されたくない気持ちが半々であった。少年がバイクにまたがると、少女はその後ろに腰かけた。特に重さはなかったが、人の温かさを感じた気がした。

夜の街を、少年は風を切って走った。少女は後ろで興奮している。

「すごい! こんなの初めて!」

幽霊の少女は、やけに楽しそうだった。その様子を見て、少年も緊張がほぐれてきたようである。幽霊とバイクを二人乗りなんて、おかしくなって笑いが込み上げてくる。二人はケタケタと笑いながら、ボーイフレンドの家へと向かった。

やがてたどり着いたボロアパートの一室を指差し、少女は言った。

「あそこよ。明かりがついてるわ」

階段を上り、インターホンを鳴らした。扉を開けて出てきたのは、不機嫌そうな男だった。小さな声で「宅配ピザ屋ですけど」と、少年は言った。男は少年をじっと見つめ、それから部屋に向かって叫んだ。

「お前、ピザなんか頼んだのか」

「頼んでないわよ」と、若い女の声がした。それを聞くと男は、冷たく扉を閉めた。扉の向こうでは、楽しげな男女の笑い声が聞こえてきた。

アパートを出て、少年はおずおずと言った。

「まあ、そういうこともあるよ……」

少女は黙ってうつむいていた。

「それに、なんかあいつ、感じ悪かったし、別れて正解。あんなやつのために、死ぬことないよ。……あっ」

代わりにあなたが殺したのね、と少女は笑いながら言った。少年の胸がチクりと痛んだ。少女は深く息を吸って、少年に言った。

「もう一回、バイクに載せてちょうだい! 朝が来るまで、ずっと」
「もちろん!」

そうして二人は、またケタケタと笑いながら夜の街を走った。通行人は、一人で笑いながらバイクを走らせる少年を、奇異の目で見つめた。しかし、そんなことは気にならないほど、今までどんな時よりもずっと、楽しい時間であった。

空が明るんで来たころ、二人はバイクを降り、公園のベンチに座った。
少女がポツリと言った。

「あなたがギャングじゃなくて、私が幽霊でなければ、もっと素敵に出会えたかもね」

何か言おうと少年が瞬きをした時、朝の光に溶け始めた少女が明るく「バイバイ」と言った。
少年は小さく手を振った。次の瞬間にはもう、少女の姿はなかった。

その日、地方紙の一面は、少女銃殺犯の自主を告げた。

おしまい

**********
春の毎日朗読会 開催中!
◆日時◆
4月中毎日22:45頃
◆場所◆
鳥谷部城のLINELIVE「とりっぴらいぶ」
https://live.line.me/channels/4844435
 ※LINE LIVEのアプリを入れていただくのをおすすめいたします
◆内容◆
本noteに投稿された短編を、その日の夜に朗読いたします。一読だけでどこまで表現できるかの挑戦です。よろしければぜひご覧ください!

↓詳細は、Twitterをご確認ください。
【脚本】たかはしともこ(@tomocolonpost)
https://twitter.com/tomocolonpost
【出演】鳥谷部城(@masakimi_castle)
https://twitter.com/masakimi_castle
*********

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?