孤独の灯台

灯台守の爺さんは、町一番の偏屈者だった。愛想はなく、無駄話など一切しない。それどころか挨拶すらもほとんどすることはなかった。爺さんは飼っている犬のベスだけを友達と呼んだ。孤独を愛する爺さんに、灯台守の仕事はぴったりだった。

爺さんは週に一度、町まで買い物に行く。そうして馴染みの店でパンとチーズを買ったら、足早に町を後にするのだ。町の騒音が爺さんにはうるさく感じられた。波の音と、それからたまに鳴くベスの声で十分だった。

家へ帰って一息ついた。灯台の横に建つその家は、一人で暮らすには広すぎた。仕方がない。かつては父と母と、二人の弟と共に暮らしていた家だ。弟たちは灯台守なんてものになりたくないと言って、家を出て行った。父と母はとっくの昔に死んでいる。兄弟がいると言っても、月に一度、次男から手紙が来るだけで、特に交流はない。三男が今どこで何をしているか、爺さんは知らなかった。

トントン、とノックの音がした。おかしいな、と爺さんは思った。郵便屋なら昨日来たばかりだし、10日に一度ミルクを届けに来る男は、ノックもせず玄関前に置くだけであった。わざわざノックをしてやってくる人が、爺さんには思い当たらなかった。聞きなれないその音に、ベスがうるさく吠えていた。

ごめんください、と若い女の声がした。ますます怪しい。若い女が、こんな場所までやってくるだろうか。これは白昼夢かもしれない。爺さんがそう思った時、また若い女の声がした。「ミルクを届けに来たんですけど」

それを聞いて、爺さんはやっと扉を開けた。そこには華やかに笑う少女が立っていた。思わず爺さんは、いつものやつはどうした、と言った。少女はニコッと笑うと「兄は隣町で商売を始めたのよ」と答えた。あんな愛想の悪い男が商売とは、と爺さんは思ったが、自分が言えた事じゃないなと思い直し、それ以上何も言わなかった。

それから、10日に一度、少女がミルクを届けにやってきた。少女は必ず扉をノックし、爺さんに挨拶をすると、天気の話をしたり、町のうわさ話を一方的に話して帰って行った。はじめは黙ってそれを聞いていた爺さんも、やがて「ああ」だの「そうか」だの返事をするようになった。ベスは、少女が来ると嬉しそうにしっぽを振っていた。

爺さんは、どうにもその少女に見覚えがあった。どこか懐かしい気持ちがするのだ。だが、妻も子供もいない爺さんにあのような年ごろの娘の知り合いがいるはずもなく、思い過ごしだと結論付けた。爺さんは窓際の椅子に深く腰掛け、あまり深く考えるのは良そう、と思った。

またいつものように、ノックの音がした。ベスがしっぽをパタパタ振った。爺さんが扉を開けると、知らない老女が立っていた。また思わず爺さんは、いつものやつはどうした、と言った。老女は「孫が風邪をひいたので、代わりに届けに参りました」と言うと、あの少女とよく似た顔で、ニコッと笑った。

そうして爺さんは気が付いた。その老女は、若かりし頃に淡い気持ちを抱いていた、町の娘であった。青年のころから口下手だった爺さんは、一度も話しかけることが出来なかった。そうか、あの時の娘は、幸せに暮らしているのだな、と爺さんは思った。けれども、今も昔も寡黙な爺さんは、うまい言葉を持ち合わせていなかったので「ああ」とだけ言った。

それ以来、老女が来ることはなかった。もちろん、孫である少女に何かを告げることも、爺さんはしなかった。ただいつものように「ああ」だの「そうか」だの言ってミルクを受け取るだけであった。そのささやかな交流は、爺さんが死ぬまでずっと続いた。

おしまい

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春の毎日朗読会 開催中!
◆日時◆
4月中毎日22:45頃
◆場所◆
鳥谷部城のLINELIVE「とりっぴらいぶ」
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◆内容◆
本noteに投稿された短編を、その日の夜に朗読いたします。一読だけでどこまで表現できるかの挑戦です。よろしければぜひご覧ください!

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【脚本】たかはしともこ(@tomocolonpost)
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【出演】鳥谷部城(@masakimi_castle)
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