桃の森の魔術師見習いロメオ

魔術師見習いのロメオは魔術師になるため修行中であった。
森の奥の大きい木に出来たウロが、ロメオの家だった。

この森には大きな桃の木があった。
森中のどの木よりも大きな桃の木は、魔術師たちの目印となっていた。
その桃の木が、一口食べればどんな病気でもたちどころによくなるといわれる桃の実をたわわに実らせ日、それが森で暮らす魔術師達の試験日であるからだ。

ロメオはそれはそれは焦っていた。桃の木は今やすっかり花を散らし、実を結ばんとし始めていたのだ。
しかしロメオはたった今、試験課題であるメロメロ惚れ薬作りで78回目の失敗を遂げたところだった。

桃の花と同じ薄ピンクに染まるはずのロメオのメロメロ惚れ薬は、どす黒い紫色となり、なにやらスパイシーで香ばしい匂いまでしている始末。
こうなっては、もうどうすることもできない。ロメオは深いため息をついた。
また材料集めから始めねばならぬのだ。

翌朝、ロメオはいつもより早く起きて家を出た。
朝もやの中でしか咲かないモヤモヤモモモドキの花を3束ほどむしる。
そして川まで向かい、スモモミモザの根を摘んで、かごへと入れた。

川の水でのどを潤し、一息つく。
それからふと、魔術師学校でのことを思い出した。

ロメオは魔術師学校の落ちこぼれであった。
同級生たちが立派な魔術師として卒業していく中、ロメオは卒業試験に落ち続けた。

「お前が魔術師になれなくたって誰もなんとも思わねえよ! 普通に生きるのだって幸せだぜ」

これは、ロメオの天敵・ムムの言葉であった。
実際ロメオは、卒業することもできずに、魔術師学校を追い出された。
ロメオが魔術師になるには、もうこの桃の森での試験しか道は残されていたなかった。

次も駄目だったら、もう諦めよう。ロメオはかごの中のスモモミモザをそっと撫でながら考えた。
魔術師にならないと家族やみんなに馬鹿にされると思っていたけど、もうそんなのどうだっていいさ。
魔術師になってやりたいことがあるわけでもない。ただ、一度目指したから、なんとなく諦めがつかなくて、ズルズル続けているだけなんだ。

ロメオがそう自分に言い聞かせていると、不意にガサガサと音がして、一人の少女が現れた。

少女はロメオを見つけると、辺りをキョロキョロと見回した後、ロメオのそばへ来て、こう言った。

「あの、もしかして魔術師さんですか?」

少女があまりにも輝いた明るい顔で聞くものだから、ロメオは思わずうなずいた。
すると少女は、飛び跳ねて喜んだ。

「まあ、嬉しい! 私、モーモンって言います。森を抜けた先の村で暮らしているの。」

久しぶりの会話に、ロメオはかすれた声で「どうも」とだけ返事をした。

モーモンはロメオの手を取ると「お願いがあるの」と目を潤ませて言った。

「桃の森の桃の実を病気のママに食べさせてあげたいの。でも村の人は、魔術師以外の人間が桃の実をもぐと、呪われるからやめなさいって言うのよ。だから私、森でなるべく優しそうな魔術師を見つけて桃の実をもいでもらうようお願いしようと思って……」

「ぼ、僕が優しそうな魔術師?」とロメオは目を泳がせながら言った。
「ええ!」とモーモンは目を輝かせながら言った。

可愛い少女に手を取られ、すっかり動揺してしまったロメオは、震える声で「ああ、いいよ。お安い御用さ」と言った。

「嬉しい!」とモーモンは声を上げ、ロメオに抱き着いた。
ロメオはまた目を泳がせて「じゃあ、桃の実が実ったら、君の家まで届けに行くよ」と言った。
モーモンは「まあ、私の家を知ってらして?」と聞くので、ロメオは「魔術師だからね」と答えた。

それからモーモンは、ロメオに何度もお礼を言って去っていた。
ロメオはなるべく自分がかっこよく見える気がする立ち方で、その姿を見送った。

さあ困ったことになったぞ、とロメオは思った。
魔術師試験に合格していないロメオは、ただの人間と変わらない。そんなロメオが、あの桃の実をもいでしまうと、モーモンの言う通り呪われてしまうのだ。

かと言って、今からあの可憐な少女に「やっぱり全部嘘でした」なんて、とてもじゃないけど言えない。そもそも家の場所すらわからないのだ。

それとも、誰か知り合いの魔術師に頼んで、桃の実をもいでもらおうか。しかし友達のいないロメオには、それすら難しかった。

かくなる上は、試験に合格するしかない。
ロメオは急ぎ家へ帰るとメロメロ惚れ薬の調合を始めた。

あっという間に数日が立ち、桃の実が実りを迎えた。
ついに魔術師試験の日がやってきたのだ。
桃の木の下にはたくさんの魔術師見習いたちが集まっている。
そして、あろうことか試験官としてやってきたのは、あの天敵・ムムであった。
ムムはロメオを見つけると、冷ややかな視線を送った。

ムムのその視線に戸惑ったロメオの作ったメロメロ惚れ薬は、過去最悪の出来であった。

その夜。

ロメオはあの桃の実を持って、モーモンの家へとやってきた。
モーモンはとても喜んで何度もお礼を言った後、部屋の奥にいる母親に桃の実を食べさせた。

その姿を見ていたロメオは、小さい声で「モーモン」と声をかけた。

「君に謝らないといけないことがあるんだ。僕、本当は魔術師じゃない。魔術師学校を追い出されて、魔術師試験も落ちた、ただの魔術師見習いなんだ」

ロメオは震える声で言った。
モーモンは目を丸くして「じゃあこの桃の実はどうしたの?」と聞いた。

「それはムムって、僕の魔術師学校の同級生に取ってもらったんだ。意地悪なやつだと思ってたんだけど全然そんなことなくて、僕はムムのことをずっと勘違いしていて、それは僕がひねくれていたからなんだけど、ああそれはどうでもよくて……」

言葉を詰まらせるロメオを、モーモンはじっと見つめていた。

「つまり、その、ムムに桃の実を取って欲しいと頼んだら普通に取ってくれて、君の家だって見つけてくれたんだ。だからお礼を言うならそのムムってやつに言っておくれよ」

ロメオはもう自分が情けなくてどうしようもなくて、消えてなくなってしまいたいと思った。

モーモンはしばらく黙った後、ロメオの手を取って「ありがとう」と言った。

「あなたが勇気を出してくれたから、ママに桃の実を食べさせることができたのよ」

そう言うモーモンの手がとても暖かくて、ロメオはなんだか泣きそうだった。
それからやっとの思いで「僕、来年も試験を受けるよ」とだけ言った。

モーモンはそんなロメオを見て、嬉しそうに笑うのだった。

おしまい

秋の週末朗読会


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