パンダの講釈

水際に佇んでいるパンダは、この世の不条理を嘆いていた。自分がこうしてゆったりと笹をかじっている間にも、罪のない子供たちが戦争の犠牲になり、または飢えに苦しみ、泣いているのだ。その一方で、金持ち達は私腹を肥やすための生産活動に励み、環境破壊を続けている。パンダの剥製が飾られた、だだっ広い家の中で、だ。

しかし、パンダにはどうすることもできなかった。パンダは所詮パンダなのだ。笹をかじり、タイヤで遊び、愛嬌を振りまくことしかできない。パンダは己の無力さに、また嘆きを深めるのであった。

パンダが、今度は人種差別について考え始めたところに、ゆかりちゃんが笹を持ってやってきた。ゆかりちゃんとはパンダの飼育係である。新卒でパンダーランドに入社して、やっと8ヶ月といったところだ。

パンダからしてみればゆかりちゃんは、非常に意識の低い娘であった。パンダが紛争地帯での子育て支援について問いかけても、まるで答えようとしない。それどころか、笹を渡して誤魔化そうとする。これが俗に言う「賄賂」というやつだろう。この笹で、自分の無知さを黙っておけとでも言うのか。不正を是としないパンダは、当然受け取らずにおきたいところだった。しかし、所詮は飼われているだけのパンダだ。新卒の小娘とはいえ、ゆかりちゃんの機嫌を損ねるわけにはいかない。パンダはゆかりちゃんの無知っぷりにだけは、蓋をした。

ある時、パンダのテリトリーでゆかりちゃんがボーッと立ち尽くしていた。いつもはパンダのためせっせと掃除をしているのに、これはどうしたことか、とパンダは思った。体調でも悪いのだろうか。心配になったパンダはゆかりちゃんのそばに寄ってみた。いつもなら馬鹿みたいに高い声で話しかけてくるくせに、相変わらずボーッとしている。パンダはゆかりちゃんの視線の先を追ってみた。そこには、ゆうだいくんがいた。

ゆうだいくんは、以前パンダを担当していた男。パンダは入社したてのゆうだいくんにパンダーランドの全てを教え込んだ。ゆうだいくんの頼れる先輩ぷりは、パンダのおかげと言っても過言ではない。

パンダはすぐに状況を理解した。パンダにわからないことはない。つまり、ゆかりちゃんはゆうだいくんにホの字というわけだ。頼れる先輩に憧れるというのは、人間達の常であろう。それにしても、あのゆうだいくんが「頼れる先輩」になるとは。パンダはかつてのゆうだいくんを思い出し、誇らしい気持ちになった。

それにしてもゆかりちゃん。ゆうだいくんとどうこうなりたいなら、紛争地帯での子育て支援については考えておいた方がいいぞ。初デートでゆうだいくんに問われて答えられなかったら赤っ恥だ。他にも、地雷除去作業における課題だとか蔓延する疫病対策だとか、考えなければならないことは山ほどある。

以来パンダは、隙あらばゆかりちゃんにそれらの事象に対する見解を述べた。いつ、ゆうだいくんとの初デートに行ってもいいようにという、パンダの心遣いだ。ゆかりちゃんはニコニコと笑って頷いている。やっと聞く気になってくれたのかと、パンダは嬉しく思った。恋は人をこうも変えるのだな。

やがて、ゆかりちゃんとゆうだいくんはお付き合いを始めたようだった。パンダの講釈が功を奏したのだろう。遠くの大きな不幸にまで手を伸ばせずとも、近くの小さな幸せを作ることは出来るのだ。パンダは誇らしい気持ちで欠伸をして、居眠りをした。

おしまい

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◆日時◆
4月中毎日22:45頃
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◆内容◆
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