マタアシタ。

火星旅行に初めて行ってきた。宇宙というのは随分広くて綺麗だなと思った。それから、地球の青さに驚いた。100年以上も前の人類が「地球は青かった」なんて言っていたのは冗談じゃなかったのだ。俺は空を眺める回数が増えた。随分遠いところまで行っていたものだ。

ポケットに入れていたスマートフォンが、ぶぶぶとなった。電話がかかってきたらしい。出ると「ポロポロ?」とかわいい声がした。ははーん。宇宙人からの間違い電話らしい。何を言っているかちっともわからない。無言で切ってしまえばよかったものの、さっきまで宇宙に思いを馳せていた俺は、この不思議な偶然を終わらせることが惜しくなり、返事をした。

「間違い電話だと思いますけど、そちらはどこの星ですか?」
「ピリリリ、ラ、ロロロロ」

なるほど、ちっともわからなかった。しかし、向こうは電話を切る様子がない。もしかしたら地球語がわかるのだろうか。

「もしかしてあなた、地球語がわかるのですか? わかるなら、地球語で喋ってくれませんか」
「パララ、ポッペン、ネラリラランラリリピョピョ。アラアラネ」

ふむ、相手もわかっていないようだ。じゃあ、なぜ電話を切らない。と、思ったが、お互い様だ。向こうも楽しんでいるのかもしれない。その証拠にピョルルルルと笑っている。いや、笑っているのかは知らないが、笑っているように聞こえた。俺が適当に話すと、向こうも何か適当に話しているようだった。そんな調子が15分ほど続いて、俺はやっと電話を切った。なかなかに楽しい体験だった。もうこんなこともないだろう。

しかし、電話は次の日からずっと、毎日同じ時間にかかってきた。珍しいもの好きの俺は、懲りずにそいつに話しかけた。相変わらず何を言っているかはわからないが、「ポロポロ?」は「もしもし?」で、「ピャンポッポ」が「さようなら」だろうと言うことは、なんとなくわかった。電話を切るときに俺が「ピャンポッポ」と言うと、ピョルルルルと笑われた。ある日、そいつが「マタアシタ」と言った。俺がいつも言っている言葉だ。そんな不思議な交流が、1ヶ月ばかり続いた。

ある日、ふと思い立って、語学に明るい後輩に「ピャンポッポ」とはどこの星の言葉なんだと聞いてみた。後輩はこともなげに「ああ、それは火星ですよ」と言った。これだから賢い男は鼻に付く。

帰りに本屋によって、「7日間でマスター! 火星語日常会話編」という胡散臭い本を買ってみた。パラパラとめくってはみたものの、買っただけで満足してしまっていた。

今日は電話がかかってこなかった。次の日も、その次の日もかかってこなかった。かと言って俺からかけることもなく、火星語日常会話を学ぶこともなく、ぼんやりと過ごした。どこか物寂しい気もしたが、そもそも言葉が通じないのだ。俺はだんだん、あの不思議な電話のことを忘れていった。

久しぶりに電話がかかってきた。少し緊張しながら出てみると、知らない声がした。電話の主は火星語混じりのたどたどしい地球語で何かを話している。いまいち理解はできないが、どうやら俺に電話をかけてきていたあいつに、何か良くないことがあったらしい。俺は顔も名前も姿形も知らないそいつの身を案じた。

知らない声の主は「マタアシタ」と言った。俺は「ピャンポッポ」と返し、電話を切った。それからもう二度と、電話がかかってくることはなかった。

しばらくして、一度だけ電話かけてみた。しかし「コノ デンワバンゴウ ハ ゲンザイ ツカワレテオリマセン」と虚しい機械音が鳴るだけであった。火星語日常会話の本には、「ピャンポッポ」とは「また明日」という意味だと書かれていた。

おしまい

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春の毎日朗読会 開催中!
◆日時◆
4月中毎日22:45頃
◆場所◆
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◆内容◆
本noteに投稿された短編を、その日の夜に朗読いたします。一読だけでどこまで表現できるかの挑戦です。よろしければぜひご覧ください!

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【脚本】たかはしともこ(@tomocolonpost)
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【出演】鳥谷部城(@masakimi_castle)
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