その真実にはロマンが足りない

父さん、母さん。先立つ不孝をお許しください。ベンジャミンは、非常にどうしようもない人間です。

とだけ書いて、筆を止めた。まだ遺書の一行目だった。通常ならこれに続き、育ててくれたことへの感謝、丁寧な別れの言葉、自死を決意するに至った経緯などを書くだろう。しかし、このままでは、あまりにもありふれた、つまらない遺書になってしまう。新聞でもテレビでも報じられない、ただその年の自殺者を記録した統計資料の中の「1」になってしまうのだ。

それは良くない、とベンジャミンは思った。どうせ死ぬなら、何かが欲しい。そう、例えばロマンが欲しい。なぜベンジャミンは死を選んだのか、一体何があったのか。人々が思い巡らせ空想をし、あげく「事実は小説より奇なりってやつですな」なんて言って笑うような真実が欲しい。

しかし残念ながら、ベンジャミンが大量の睡眠薬を購入するに至った経緯は、非常にありふれたものだった。これじゃいけない。「1」にはなりたくなかった。苦しい思いをするのだから、それ相応の対価が欲しい。

例えば、書きかけのラブレターが机の中にしまってあったらどうだろうか? 叶わぬ恋に胸を焦がすあまり、死を選ぶというのはなかなかにロマンがある。さっそくラブレターを書き出した。「笑顔の素敵な君へ いつも穏やかに笑う君に、僕は心を奪われてしまっています」ちょっと臭いが、臭いくらいがちょうど良いだろう。しかし、半分くらい書いたところで、筆を止めた。

例えば、恋敵との争いの末、彼女を想いながら死んだことにするのはどうだろうか? 荒らされた部屋を見た人は、その激しい死への抗いに涙をするかもしれない。あとで怒鳴り声を上げておこう。隣人のスイットニーばあさんが「そういえば声が聞こえた」なんて証言してくれるかもしれない。そうして部屋を荒らし始めたところで、手を止めた。

例えば、そこに買ったばかりのナイフが落ちていたらどうだろうか? ナイフを手にした人は、いつか来る恋敵との決闘を前に、震える夜を過ごしたのではないかと思うかもしれない。あるいは、恐ろしい殺人鬼になろうとしたのではないかと思うかもしれない。メモ帳に、ナイフと書いたところで、気が付いた。

例えば、恋人に送るための花束が荒らされた部屋にきちんと置いてあったらどうだろうか? 二度と送られることのない花束を見た人は、その儚さに心奪われるかもしれない。彼女を想って花を選んだにもかかわらず、渡さずに死を選ぶというのは、なかなかにロマンティックだ。ナイフの下に、花束と書き加えた。

もう忘れていることはないな、と確認して部屋を出た。そして、ボロアパートの三階から階段を下りつつ、ベンジャミンは考えた。恋のために死を選ぶと言うのは、ありふれてはいやしないか? どこかで聞いたことはないか? 果たしてこの「死」はそれでいいのだろうか? そんな思いに気を取られていたせいで、ベンジャミンは階段を一段踏み外した。そして真っ逆さまに落ちていき、あっけなく死んでしまった。

その死に、多くの人々が首を傾げた。書きかけの遺書とラブレター。大量の睡眠薬。荒らされた部屋。そして死の間際に握り締めていたメモに書かれた「ナイフ」と「花束」の文字。階段から突き落とされたのだと言うものもいれば、意志を持って落ちていったのだと言うものもいた。ただの事故にしては、あまりにも不可解な点が多すぎたのだ。

ベンジャミンが死んでから一週間は、うわさ話に事欠かなかった。

おしまい

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◆日時◆
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◆内容◆
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