アロー?

アロー?
僕の声は届いていますか?

今、月に向かって呼びかけています。
君の名前を呼びかけています。
ご存知の通り月というのは、この国で最も美しいものですから。

アロー?
君は元気でいるでしょうか。

肌寒いので、上着を着ています。
君からもらった、あの上着です。
こんな砂漠の国でも、冬は冷えますから。

アロー?
こちらは元気でやっています。

だからどうか心配しないで。
相も変わらず返事はないけれど、我慢します。
それは神がお望みになられたことなのですから。

アロー?
忙しくて、目が回りそうです。

昨日からハムシーンはひどい有様です。
窓についた砂を落とすことは、もう諦めています。
君がいないと掃除もまともにできないのですから。

アロー?
そちらの天気はどうですか?

水たばこのお供に、甘いシャイを飲みました。
落ち着くはずのこの時間が虚しく過ぎていきます。
煙を嗅いで喜ぶ君の姿がチラつくのですから。

アロー?
生温い夜風に吹かれ、君を想っています。

激しい車の往来が、僕の眠りを邪魔するのです。
けれども今は、それすら心地よく感じます。
騒がしいクラクションですら、君との思い出の一部ですから。

アロー?
大きな川は今も変わらず流れています。

オレンジの街灯が、水面を煌めかせています。
この川を南へと下れば、君に会えるでしょうか。
僕たちが初めて出会った場所なのですから。

アロー?
昼間の熱が残る、暑苦しい夜です。

ハエが1匹、寝室に迷い込んできました。
僕はどうにも、そいつを殺すことができません。
君が会いにきてくれたのだと思ってしまうのですから。

アロー?
今夜は街中が停電しています。

真っ暗闇の中、月と星だけが輝いています。
あの頃に比べて、こんな夜は少なくなりました。
僕が変わらずとも、街は変わり続けているのですから。

アロー?
露店でエイシュとターメイヤを買いました。

君と食べる金曜日の朝食を思い出します。
それなのに、あの日と同じ味はしません。
水っぽくて、少ししょっぱい朝ですから。

アロー?
新しい絨毯を買いました。

君と選んだあの絨毯は、捨ててしまいました。
鍋と食器も、あの日とは違うものです。
僕はこの家で、生きていかねばなりませんから。

アロー?
君のことを思い出す回数が減りました。

それでもこんな夜は、君の名前を呼ぼうと思います。
変わりたくなくても変わっていってしまいます。
君と僕では、流れる時間が変わってしまいましたから。

アロー?
また同じ季節が巡ってきました。

誰かを忘れる時は、声から忘れていくと聞きます。
君はまだ、僕の声を忘れずにいるでしょうか。
大丈夫、届くまで何度も呼び続けますから。

アロー?
ああ、とうとう、僕の声が届いたようです。

君が優しく、僕の名前を呼んでいます。
懐かしいあの声で呼んでいます。
そう今夜は、月が一番、地球に近づく日ですから。

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