夏の夕方のカレー。
空が、すっかり夏の空だった。
すこし前よりも心なしか濃くなった青は、その6割ほどを大きな入道雲で覆われていた。上昇気流に乗って、もっくもっくと膨れ上がる大きな雲はやがて、夕立となって雷とともに僕たちの元へと降りてくる。
夏らしい、夏だな。って思う。
蝉は元気いっぱいに大騒ぎして、たった7日ほどの夏を謳歌しているように聴こえる。なにせ4年間も地中でひとり黙々と過ごしていたのだ。ほんの短い期間、それは恋をするために地上に出てきたと言えるかもしれない。
夏になると、なにもかも輪郭がくっきりと縁取られるような気がする。
空の青さ、入道雲、蝉の鳴き声、緑のにおい。夏休みの思い出や記憶までも、ほかの時期と比べると不自然なほど明瞭になる。
***
そう言えば、ちいさな夏の思い出がある。
こどもの頃、あれは確か児童館かなにかの帰りだった。自転車に乗って、薄くオレンジがかった町を走っていた。大小いろんな家に囲まれたいつもの道。すれ違う人はみな一様に買い物袋をぶら下げて、いろいそと歩いている。
つよい日差しから開放されて、疾走する自転車に吹き付ける風の中に、いろんな家の晩ごはんのにおいがした。
醤油の煮付けのにおい。ニンニクの香ばしいにおい、揚げ物の油のにおい。そして、カレーのにおい。
──今夜は、カレーが食べたいなぁ
そんなことを思いながら、自転車をこいだ。もう、一度カレーのにおいに脳内を刺激されると、口の中はカレーでいっぱいになってしまう。とろりとしたルウに、大きなお肉、じゃがいも、人参。やわらかくうっとりと甘い玉ねぎ。
熱々のごはんに、スパイシーなカレーはいつだって最高の組み合わせだった。そこに甘い福神漬があって、輪切りにされたゆで卵を添えたサラダがあれば、なにもいうことはない。
だから、家について自転車を停めているそのとき、どこからともなくふんわりとカレーのにおいがしたときの胸の高鳴り!
急いでドアに駆け寄ると、玄関の横にある台所の勝手口からは、間違いなくカレーのにおい。
勢いよく玄関を開けて、台所に向かって叫んだ。
「晩ごはんはカレー!?」って。
***
いつの間にか、ぼくは玄関の前でカレーのにおいをかいでワクワクすることはなくなった。
いまは、カレーを作りながら家族の帰りを待つ方になったのだ。
「あー、カレーのにおいがするー」
と妻や娘が部屋に入ってくると「そんなにカレーのにおいしてる?」とちょっと驚く。自分で作っていると、感じるにおいは半減するものなのだ。
だけど、やっぱり嬉しそうなふたりの顔を見ると、ぼくも一緒にホクホクする。
こどもの頃にワクワクしたカレーのにおい。今度はワクワクさせるほうになったんだなぁと思うと、すこし感慨深い気がしている。
では、また明日。
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