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「他者と働く」が対人コミュニケーションのバイブルだった件

「他者と働く」
この本があまりにもよかったので、ぜひ紹介したいと思います。

この本は、組織における「対話」の大切さと、それを行う手法について書かれた本です。

妻から「この本すごくいいよ」と勧められても「フリーランスだし、組織で働いてないからあんま関係なさそう」って思ってました。

でも、そんなことは100も承知の妻がそれでも勧めてくる本、ということで読み始めたのです。

そしたら。
組織だけに限らない、人と人との関係を築いていく上でのバイブルじゃないか! と打ち震えました。

組織間はもちろん、家族、夫婦、子ども、友人など。相手を説得するとか、論破する方法なんかじゃなく対話を通して関係を築いていくための、本質が書かれているのです。

ザクッと、本の内容を3つの要点にまとめます。

① 適応課題と技術課題

この本でまず、ガツンと打たれたのは人との関係性の中で生じる課題をふたつに分けていること。
そして、その中でもモヤモヤとした「うーん、うまくいかん」という人との関係性の中で生じる課題に適応課題という名前があることを教えてくれたことでした。

技術課題:既存の方法で解決可能な問題
適応課題:既存の方法で一方的に解決できない複雑で困難な課題

例えば、家庭内で家事育児分担についてもめていたとします。

その時に「すこし早く起きて、子どもの着替えとか手伝ってくれるだけでいいのに」というのが技術課題。

でも「いや、俺だって夜遅くまで仕事してるし、これ以上早くは起きられない、むしろもう少し寝ていたいくらいだ」と、いくら説明をしても色々と理由をつけて反対される、というような課題を適応課題と言います。

世の中に、技術的なツールやノウハウは溢れています。それでも解決できない多くの問題があって、イライラする。

技術だけで解決できない、正論をいくら話しても伝わらない、正しいはずの論理が通用しない。そんな適応課題を解決させる手段が「対話」だと言います。

そして、対話とは、ただ鼻を突き合わせて会話をしたり、忖度したり妥協したり折衷案を探すことではないのです。

対話とは、「新しい関係を構築すること」なのだと言うのです。

第一のまとめ
・問題には「技術課題」と「適応課題」がある
・組織の抱える課題の多くは「適応課題」である
・「適応課題」を解決するためには「対話」が欠かせない
・「対話」とは「話し合う」ことではなく「新しい関係を構築すること」である


② 対話のプロセス:徹底した観察

適応課題を解決するには対話をする必要がある、というのが第一のポイントでした。

では、その対話はどのように進めていくのか。この本では4つのプロセスが紹介されています。

① 準備:溝に気づく
② 観察:溝の向こうを眺める
③ 解釈:溝を渡り橋を設計する
④ 介入:溝に橋をかける

これだけだと、なんのこっちゃ、ですので少し説明をすると。
本の中では適応課題とは、自分と相手の間に大きな溝がある状態だと紹介されています。そして、対話を通してその溝に橋をかけることが、適応課題の解決策である、という例えで説明が進んでいきます。

この4つのプロセスの中で、とにかく大切なのが①〜②のプロセス。
ぼくはこの2つこそが、適応課題解決のための最重要ポイントであると感じました。

■ 相手のナラティブ(物語)を客観視する
①と②は、まとめると「相手のナラティブを読み取る」ということとも言えます。

ナラティブとは、物語のことですが「解釈の枠組み」と言い換えられています。
たとえば、さっきの家事育児分担で言えば。

「365日休みもなく、自分の自由な時間もなく、泣いたり騒いだりする子どもを相手しながら、仕事と家庭の両立もしなくちゃいけない。子どもが熱を出せばわたしが仕事を調整して、帰ってきたら子どもの相手をしながらごはんの準備もしなくちゃいけない。もう疲れちゃった」

というママのストーリーもあれば。

「子どもが生まれて、自分だって早く家に帰って家族と過ごしたい。だけど、急な新規プロジェクトが始まり、まさかの大抜擢をされてまたとないチャンス。それでもなるべく早くと思ってやってるけど、いつも帰り間際に仕事をふられたり、会議が入ったり。せめて土日は妻のサポートしようと思うけど、疲れすぎて身体もろくに動かないよ」

というパパのストーリーもある。

双方が自分の目線、立場に立てばそれなりの言い分があるわけです。
そして両者とも、自分の物語の中で相手の意見を解釈し、自分の意見を伝える。だから、話はどこまで行っても平行線なわけです。

どちらが正しい、ということではなく、双方の視点に立った双方の正義がある、ということをまずは知らなくちゃね、というのが「適応課題の溝に気がつく」ということなのです。

第二のまとめ
・「言うことを理解してくれない」ではなく、そこには深い溝があることを理解する。
・一旦、自分のナラティブを脇に置いてみる。
・相手のナラティブ、解釈の枠組みがあることを観察し、理解を試みる。


③ 対話のプロセス:相手の物語に立つ

■ 相手のナラティブに立って、自分の言動を眺めてみる
いよいよ、対話に向けての具体的アクションのフェーズです。

③の解釈とは、相手のナラティブに立って、自分の言動を眺めてみる、という試みです。

上記の家事分担で言えば、パパに対して不満をぶつける前に、一度パパ側の物語から自分の言動を眺めてみるということ。

すると「たしかにいつも5時間も眠っていないのに、早く起きてと言うのはムリゲーだったかもしれないなぁ」などと見えてくる。

これは、だから妥協しようとか、やっぱり無理は言えないな、ということではなくて「それじゃあ、パパの物語に立ったときに前向きに受け取ってもらえるためには、どう伝えればいいか」を考えるのです。

パパも同じで、ママに言われて「無理」と一蹴して険悪になるのではなく、ママの物語に立って自分を眺めたときに、どういう風に見えるのかを想像する必要が出てくるのです。


■ 溝が見えたらはじめて、技術的な解決策も使うことができるようになる
④の介入は、具体的な解決策の提示になります。
ここまで、自分の物語を一旦脇に置いて、相手の物語の視点で自分を眺めるようになると、どこに解決点があるかの仮説が立てられるようになります。
すると、技術的な解決策も含めて提案をすることができるようになります。

家事分担なら、パパに対して「休日の午後は、一緒に掃除をして欲しい」「土日のどちらか一日は、わたしにも自由な時間が欲しい」と言った提案ができるかもしれません。

パパはママに対して「申し訳ないんだけど、あと半年くらいは新プロジェクトが忙しくて早くは帰れなさそう。だから、その間は週一で家事代行使ってみない? 近くのところ探しておくよ」なんて提案もできるかもしれません。

そして、くれぐれも著者が言っているのが、この介入は次の観察への入り口であるということ。

対話は、繰り返しながら関係を構築していくプロセスなのです。

第三のまとめ
・相手のナラティブに立って、自分の言動を眺めてみる
・溝が見えたらはじめて、技術的な解決策も使うことができる
・介入は、次の解釈への入り口である


著者の物語に心をつかまれた

ここまで本を読んできて、組織だけでなく家族でも子育てでも、友人同士や学校でも、人となにか作業をする際にはとても使える本質的なことが書かれていると、感じました。

さらに読み進めて、さいごのあとがきで、「ああー! 著者はこんな壮絶なナラティブを抱えた中でこの本の内容にたどり着いたんだ!」と愕然としたのです。

著者は、父を癌で亡くしています。その父がバブル時代に抱えた大量の負債。それを一身に抱え、銀行に憤りを覚え、父に憤りを覚える。
しかし、著者は銀行には銀行のナラティブ(物語)があり、父には父のナラティブがあったと気づくのです。

少しだけあとがきから抜粋させてもらいます。

憎むべきは彼ら自身ではない。(中略)
形を変えて、同じような過ち、同じような弱さから人間は逃れることはできないのではないか。
だとすれば、私は、自分の痛みばかりに目を向けていることは、公平ではないと思った。彼らも自分もまた、関係性を生きる人間である。人間は、関係性に埋め込まれ、身動きが取れなくなる弱い存在である。その弱さは私の中にも厳然として存在している。

限界まで苦しい思いをしながら、なおも著者はそこに相手の物語を読み取るのです。
そこには、すでに対話をできないはずの相手に対して対話を繰り返し、弱さを認め、前に進む著者の姿が思い浮かびます。

ナラティブという視点に立った対話とは、こうも力強いものなのだと、このあとがきを読んで、ぼくは心をつかまれたのです。

この本を読めば、うまく打ち解けられない相手との対話のポイントが見えてくるかもしれません。

ではまた!




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