買うというのは、僕たちの未来への投票でもある。
スーパーが大好きで、スーパーで買い物をしている時間がほぼ唯一のストレス解消だと言えるほどだ。
そこでぼくは、肉や魚や野菜やお菓子、ラップや洗剤などの生活用品を買う。見るのは、美味しそうな商品か、価格が安いか。
新鮮で美味しそうで、価格が安ければなにも言うことはない。すぐにカゴに入れてレジにGO。
夕方になると、生鮮食品は片っ端から割引の札が貼られていく。それを見て「ラッキー」なんて思いながらスッと手をのばす。消費期限は本日中。大丈夫、帰ったらすぐに調理して食べちゃうんだから。
だけど、ふと思う。こんなにたくさんの「本日中」があと数時間で完売なんてことになるんだろうか?
売りきれなかった肉や魚は、どうなるんだろうか? と。
SDGsのカードゲームをやってから、商品の循環に少し意識が向くようになった。それまではただの美味しいお肉や魚だったパッケージされたそれらが、どこかで大量生産(飼育)され、工業化された命であることにハッとする。
そして、その生命を育むために大量の穀物が消費され、それらを生産したり運搬するのにも大量の二酸化炭素が排出されている。
そうしてたくさんのコストをかけて生み出された食品が、期限切れなどの理由で大量に廃棄される。購入後、家庭内で食べきれずに捨てられることだってある。
たとえば回転寿司やバイキングで。子どもが食べきれないほどに手元に持ってきて、案の定それをたくさん残したら、ぼくは子どもを叱るだろう。「なんてモッタイナイことをするんだ」と。
それと同じ循環の中に、実は自分が含まれているのだと意識もしないで。
買うというのは、僕たちの未来への投票でもある
これまでだって、そうした食料事情についてなんとなくは知っていた。だけどもう少しちゃんと知りたくなって色々と調べ始めた。
その中のひとつ。アマゾンプライムでこのドキュメンタリーを見た。
科学の力をつかった解決策、資本主義という社会のなかで食品産業が持つ世界への影響力。また、小作農というミニマムな社会の中で自然の循環をまわしていくこと。様々な視点から食糧問題について見ることができる。
ドキュメンタリーを見ながら、強く感じたのはぼくたちはどうしようもないくらいに資本主義のしくみのなかにいるのだということ。
世界の食糧事情がどうであるか、よりも企業の資本が優先される。
資本がなければ、問題解決への取り組みもすることができない。だけど、その取り組みも新たな資本を生み出し、企業に還元される取り組みでなければならない。
この堂々巡りの中心には、必ず「資本」があり、資本のまわりを解決策がまわっている以上、なかなか物事の解決にはいたらない。
ただ、資本主義のなかにいる、ということは購入は投票になるということでもある。
応援したい企業、取り組みの商品を購入することはその企業に利益をもたらし、選ばれなかった企業には利益を与えないことになる。
この商品の購入という投票は、実際の選挙の一票よりもずいぶんと小さなアプローチに思えるかもしれない。
だけど、どんなに無意味に思えたとしても選挙での一票には、大きな意義があるのと同じように、購入の選択にも大きな意義があるのだと思う。
残念ながら、購入するすべてをフェアトレードや有機農業の野菜や、地元で飼育されたお肉や魚を選ぶというわけにはいかない。
格安の食品に、大きく助けられているのもまた事実だからだ。
それでもできるときには、そうした商品にも目をむけてみたいと思う。
美味しそうかどうか、安いかどうか、に加えてサステナブルかどうかもスーパーで商品を選ぶときのひとつの指標に取り入れたい。
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今日も、見に来てくれてありがとうございました。
海外での鶏の飼育の様子なんかを見ると、思わず目をそらしたくなる。だけど、ぼくはそうして育てられた鶏肉を「安い! やったー!」と大喜びしながら買って、食べています。このことに自覚的であることが、まずは最初の一歩かもしれないと思うのです。
ぜひ、明日もまた見に来て下さい。
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