見出し画像

温泉の効能

温泉とサウナが好きだ。
家の給湯器が壊れてひさしいので、基本的に風呂はジムで入る。
ジムが休みの日は温泉に行く。
ジムにはサウナがあるので、かなりの確率でサウナにも入っている。
昔から風呂好きだったわけではなくて、むしろ温泉旅行の意味がわからなかった。家に風呂があるのに、なんでわざわざ遠くの風呂に入りに行くのかが、さっぱりわからなかった。家族に温泉好きもいなかったので、家族旅行の目的地になることもなかった。

他人に裸を見られることに関してはどうでもよかったけれど(タオルで隠しながら風呂に入る人の気持ちはわからない)、他人の裸がぴとっとくっつくのは嫌だった。風呂に入る前ならまだしも、風呂上がりに見知らぬ人のお尻が触れたら嫌だと思っていた。(脱衣所でわりと起こりうる事態)

サウナだって10年前くらいまでは暑くて嫌いだったし、好き好んで入るひとのきもちがわからなかった。
これにはきっかけがあって、とあるジムに体験に行ったときに、もの珍しさからサウナに入ってみたところ、常連の見知らぬおねえさまに「水風呂がきもちいいのよ。入らないとダメよ!」と入り方をレクチャーされた。おそるおそる初めてしっかり水風呂に浸かってみたら、とってもきもちがよかったのだ。(初めてには思い切りも必要)

なので、「サウナなんて体に悪そうだし、自分には無理」っていうひとにも、試してもらいたいとは思う。潜在的サウナ好きは結構いるはずだ。

温泉もサウナも銭湯も、好きなひとだけがいけばいいとは思うが、体験としておすすめする理由は、同性だけとはいえ裸の人間がいっぱいいることだ。

裸の人がいっぱいいるってすごい。孤独ってなんだっけって思う。(周りが家族連ればっかりで自分だけひとり。とかだとちょっとさびしいかもだけど、一人客がいないことはあんまりない)

いろんなひとのいろんな裸を見るともなしに見ていると(ガン見するわけじゃなくて、視界に入ってくる)、いろんな人がいるのがあたりまえで、裸になったらひとはそこまで変わらなくて、自分の特別感とか分離感が薄れる。分離しているから孤独を感じるわけで、孤独の定義にもよるけれど、人はみんな個体だし、でも意識の部分ではつながりがある。「自分だけが孤独だ」っていうのは、その時の感情で、事実とはちょっと違う。(自分だけってことはありえないし、人の孤独度と比較することもできない。そしてやっぱり意識としては、繋がっている)

そうは言っても、そんなことを感じるのはわたしだけかもしれないので、ぜひ自分で外のお風呂に行って、自分なりの体験をしてみてほしい。

サポート絶賛受付中です!!! とてもとっても喜びます!