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😨失敗した仕事はいつまでも覚えてる?😢🌈古典に学ぶ認知バイアス【ツァイガルニク効果】🌈

【失敗は記憶に残る(ツァイガルニク効果)】

 人は、成功よりも失敗のほうが強く記憶される傾向がある。

ima訳「今昔物語」【犯罪に巻き込まれた女房】巻二十九第八話 下野守為元の家に入りし強盗、女を取ること 29-8

 今も昔も、犯罪に巻き込まれた人の人生ほど、救いの路が見えないものはありません。平安の町にも、そうして命を落とした無念の魂がいくつもあったことが、この話には記されています。

 切れ切れになった紅の着物は、大宮川※1の氷の上にも、氷の中にも散らばっていた。長い髪は流れに従いゆらゆらと揺れ、赤に染められた頭がぐらぐらと揺れる。女性が犬から逃げようとして川に落ちたのは明らかだった。死因は犬に噛まれたことによるものなのか、冬の川に一晩浸かったためなのか。どちらがよりつらかろうかと、藤判官とうのほうがんはいたたまれない気持ちになった。
 
 女性の素性はすぐに知れた。昨晩、下野しもつけの守藤原為元の屋敷に強盗が入ったというのだ。屋敷は三条大路の南、西洞院大路の西に当たる所にあるという。
 盗人が入ったことを隣家の人々も知り、大声を上げて取り囲もうとしたので、盗人はろくに物は盗まないで逃げた。ただ、逃げる時に人質をとった。その家にいた女房である。普段は宮仕えをしていたが、その日はたまたま帰っていたところを、盗人にかっさらわれた。
 
 盗人は女房の体を左手一本で馬上に引き上げ、三条大路を西に向かって逃げた。女房はお腹を馬の背にくの字に引っかかっているだけである。常足なみあしならいざ知らず、追手から逃げるために駈足かけあしで走ったため、不安定に揺れる体はずりずりと馬上から落ち、盗人も必死で帯を掴み引き上げたが、大宮大路の辻まで来たところで頭の方から落ちてしまった。馬を止めて振り返ったが、向こうから追手がやって来る気配があり、盗人は女房の御衣のみを持って、女房は捨て逃げた。

 女房は落ちた時にしたたかに頭を打っていた。ぐらぐらする視界の向こうから、早馬がやってくるのが月明かりでぼんやりと見える。気づけば上半身裸である。恐ろしいと思って必死に這い逃げ、地が消えたと思ったら転がり落ちた。落ちた先は冷たく平らで、氷かしらと思って手をついたらそこから氷は一気に割れて冷たい水に全身が落ちた。
 ちょうどその頃、落ちた女房には気づかず、盗人を追っていた者たちはぽくぽくと三条大路を西に走り去った。
 
 女房は水の冷たさを痛みと感じて水から這いあがる。水から出ると、風の冷たいこと限りない。近くの家に立ち寄って門を叩けども、恐れて誰も戸を開けてくれない。
 気づけば、フッフッと獣の声がする。暗闇に紛れて気づかなかったが、灰色の犬が、頭を地につけんばかりに沈め、前足を限界までたわめていた。女房が左に行けば左に回り込み、右に行けば右に回り込む。女房は寒さと恐怖で手足が震え、もう自分のものではないような心地で、しかし、逃げようと振り向き走ろうとして失敗した。そこは先ほどまで落ちていた川であった。

 その後、宣旨が下った。
「もしこの盗人を捕らえて突き出した者があれば、莫大な恩賞を与える」
 この事件については、荒三位こうざんみといわれる藤原道雅という人物が疑われた。この荒三位が、女房に懸想したが、聞き入れてもらえなかったというのだ。藤判官もそれとなく当たりをつけてみたが、犯人と決定づける証拠はなかった。
 藤判官も方方を捜索したが、犯人の行方はようとして知れなかった。

 二年後、検非違使けびいし左衛門尉さえもんのじょうである平時道が一人の男を逮捕する。大和国に下る途中に山城国に柞のははそのもり※2という所の辺りでこの男を見かけたのだが、検非違使を見て平伏した様子が怪しかった。そこで、その男を捕らえて奈良坂に連行して尋問した。
「お前は何か悪事を犯したのであろう」
と杖で打って責めた。男は、
「決してそのような事はしておりません」
と否認しました。しかし、百も打つと、男は白状した。
「一昨年の十二月のつもごりの頃、人に誘われて、三条と西の洞院にあるお屋敷に押し入りました。何も取ることが出来ず、身分ある女房を人質に取りまして、大宮の辻に捨てて、逃げました。その後承るところでは、そのお方は凍死して犬に食われなさったとか」

 時道は宣旨のことを覚えていた。その男を連行して京に上り、検非違使庁に男を差し出した。
 世間では時通はこの功によって五位に叙せられ、大夫の尉たいふのじょうに昇進するだろうと噂され、遂に時道は五位に叙せられ、左衛門大夫となった。
 
 その報せを聞くと、藤判官は大宮川に行き、静かに手を合わせた。

※1 現在、大宮川はありません。
※2 京都府相良郡精華町祇園。こんなところから奈良まで連れて行ったのですね。
※ 藤判官は藤原氏の中で検非違使(当時の警察のようなもの)を務めていた者です。

【2年前の失敗を覚えてますか?】

 2年前捕まえられなかった犯人が検挙されたことを聞き一人静かに被害者の冥福を祈る…何かの刑事ドラマのワンシーンかのような話です。
 このように、失敗したことがいつまでも頭の片隅に残ってしまうのは、失敗して仕事が終わってしまうと緊張感だけが残り続け、記憶に作用してしまうために起こる【ツァイガルニク効果】によります。
 もともとは生命を守るために人に備わっている機能なのですが、あまりくよくよと残ってしまい、次の一歩が踏み出せなくなるのも困りものですね。

【ちょこと後付】

 冬の川に落ち、犬に襲われるとは、何とも悲惨な最期です。このような事件が、まるごと事実ではないとしても似たようなことはあったのでしょう。平安の夜を徘徊するのは、魑魅魍魎ではなく、欲のままに行動する人なのです。

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 女房をさらった盗人は上図の緑色の線のように逃走し、女房を捨て去っています。

【事実や伝承を物語化することについて】


 この話をもとに「物語化」について考察されています。


【参考文献】

新編日本古典文学全集『今昔物語集 ④』(小学館)

原文はこちら

この話を原文に忠実に現代語訳したものはこちら