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今日を人生最後の日として生きる

阪神・淡路大震災から29年も経つのですね。
当時私は熊本に住んでおり
夜中に当時の仲間から「現地でこんな物資が不足している!」
との連絡を受け
夜明け前、支援物資の仕分け作業現場に駆けつけ
続々と届く物資をひたすら仕分けしたのを思い出します。

母は大牟田市から炊き出し部隊として被災現場行きの車に同乗し
現地でひたすら野菜を切ったと言ってました。

今、母は病院に入院しており
思い出話もできない状態ですが
穏やかに過ごしていることと思います。

私たちは
明日も生きているという保証はないので

最近
連絡したいなと思う人に連絡したり
会いたいなと思う人に会ったり
観たかった絵画
魂が震えるような音楽など
なるべく体験・行動できるように
優先順位をつけるようにしています。

地球での時間は有限ですからね。

特に人との
「また今度ね」
という会話が最後になるかもしれない。

母とのまともな会話は
久しぶりに温泉に一緒に行き
「あー良かった」
という言葉が最後で

翌朝の元旦、
脳出血を起こして病院に連れて行きました。

なぜあの時、母を温泉に連れて行ってしまったのだろうか
人から勧められたとは言え
なぜ寒暖差のある土地に母を連れて行ったのだろうか
なぜもっと母に優しくしてあげなかったのだろうか
なぜもっと直接母への感謝を伝えなかったのだろうか
なぜ
なぜ
なぜ

ずっと後悔して自分を責めてましたが

最近は本当に気が楽になりました。

過去を悔やむよりもそれを経験智に変えて
今、自分が表現したいことを表現したり
肉体の五感があるうちに
片っ端からいろんなことを体験したり
大自然の命のきらめきに触れたり
心が本当に望むことを実行したいと
思っています。


群馬の山々の写真と動画撮りました。
いつかあの遠くの雪山にチャレンジしたいなと思っています。

ヤバい
電車の中でこんな投稿するんじゃなかった。
涙が止まらない、、

気にかかっていること、後悔していることがあったら
お気軽にこちらからご連絡、お問合せください。

あなたとお会いできることを楽しみにしています。

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