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BATMAN:The Bat of Steel

本文章は、私の兄が描いたこちらのイラスト

のフレーバーテキストです。是非、兄のイラストをご覧になった上で、世界観を補完する意味で楽しんでいただければと思います。
 本文章に登場するバットマンのパイロットスーツ姿を描いています。

 また、表紙も描いています。

 こちらも含め、楽しんでいただければ幸いです。

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BATMAN:The Bat of Steel

 真夜中だった。
 銀行強盗を働こうとした男三人を黙らせ、アイスバーグラウンジでペンギンと和やかな会談を済ませると再び古びたビルの屋根の上に立つ。警察無線は怒号が飛び交っている。時期に止むことだろう。
 この街ではひっきりなしに事件が起きる。トゥーフェイスかペンギンか、あるいはブラックマスクが裏で手を引いていることもあれば、この街に来てまだ日の浅い小悪党が身分不相応に一暴れすることもある。
 そういう小者は、運が良ければ警察が来てくれる。運が悪ければ、スーパーヴィランどもの縄張りを荒らしたことで目をつけられる。
 眼下には子連れの親子に銃を向ける男がいた。怯えたようにすくむ親子。父親と母親と、二人に守られるように、その間には男の子。銃を構える男が叫ぶ。
 この男は悪運が強かった。
 警察にはまだ通報されていない。人通りが少ないために、縄張りを荒らしたことにも気が付かれていない。男は不敵な笑みを浮かべて拳銃の引き金に手をかけ、何事かを喚く。低くしゃがれ、耳障りな声だ。
 それで充分だった。怒りが全身を駆け巡るのがわかる。筋肉が唸り、知らず拳を握り締めていた。
 男の命運はそこで尽きた。
 暗闇から飛び掛かり顔面目掛けて膝を当てると、呻く男の腹を殴る。前屈みになる男の背中はがら空きだ。拳を振り下ろし、男を地面に叩き付けた。男はそれっきり動かなくなった。
 立ちあがり、グラップルガンを空へと向ける。雨が降っている。吐息は白く宙空に胡散していく。全身が凍てつくようだ。こんな夜更けには精神の芯まで凍りついてしまう。
 ふと、さきほどまで脅されていた親子を見た。たった今殴り倒した男を振り返った。
 誰も居なかった。この街に来てまだ日の浅い小悪党も、小悪党に銃で脅される親子も、そこには影も形もなかった。
 目を瞑り、そっと息を止めた。街の喧騒が、雨音が、建物と建物の間を抜ける風の音が、遠く小さくなる。一つ呼吸をして空を見上げた。グラップルガンの引き金を引く。ワイヤーは空高く上がり、そしてどこかに噛んだ。ビルの谷間をするりと駆け上がった。今夜は潮時だと思った。
 “ケイブ”に帰らねば……。

***

 真夜中だった。
 マントを翻し“ケイブ”に入ると、“住人たち”が慌てたようにバサバサと頭上を飛び交う。コンソールを操作していた男がこちらを振り返り立ち上がった。
「今夜はお早いお帰りですな」
 男は以前より薄くなった頭を少し下げて会釈しつつ、表情を動かさずに言う。
「強盗が二件、窃盗が四件、誘拐が一件起きていたはずですが」
 漆黒のマスクを脱いで左脇に抱えた。素顔を見せることができる限られた人間の一人が、この老年の男だった。
「……全て片付けたよ、アルフレッド」
 大きなモニター画面が横並びに三つ。それらを見据えるように中央に置かれた椅子に深く腰掛けて老紳士を振り返ると、アルフレッドは膠もなく言う。
「そうでなくては困りますな」
 アルフレッドの皮肉は今に始まったものじゃない。眉を一つ動かして応じると、彼は心得たように手元の端末をモニターに向けた。中央のモニター画面が切り替わり、いくつかの映像が同時に表れる。
「ブルース様がこちらに戻られる少し前のことでした」
 映し出されたのは長大な建造物と、それを取り囲むビル群。そして広々とした森林だ。
「南アメリカの軌道エレベータが、武装グループに占拠されました」
 南アの軌道エレベータと言えば、アマゾン川上流地域に在る『タワー』だ。三大国家群時代、旧ユニオンが開発・建造し、現在では地球連邦政府の管理下にある。
「旧人類軍が?」
 アルフレッドが首肯する。「ご明察です」
「彼らは『タワー』内の従業員と利用客、そして『タワー』からの電力供給を盾に、連邦政府を交渉の席に着かせようとしています」
 眉間を親指と人差し指の腹で撫ぜた。愚直で扱い易く頭の悪い連中は、直ぐに短絡的な行動を取るものだ。今回のように。
「……要求は?」
 端末を操作するアルフレッドが映像を切り替える。
「三つです」
 中央のモニターでは、皺の一つひとつが、経験してきた多くの戦場を物語っているかのような、いかにも元将官らしい男が政府へのメッセージを語っている。
『――我々の要求は次の三つだ。一、ELSとの共存という妄想を捨て、ELSに侵食・汚染された共生人を処分すること。二、『イノベイター』なる人種を生み出した非人道的な人体実験の数々を白日のもとに晒すこと。三、連邦平和維持軍は即刻武装解除し、投降すること――』
 思わず息を吐いた。怒りすら湧かない。この感情の意味するものは、詰まるところ諦観だ。
「……政府は?」
 アルフレッドは“夕食をデリバリーピザにしないかと提案した時”のような顔をして言う。
「無論、応じていません」
 モニターにもう一つの映像が表れる。その顔は、今や地球に住むすべての人間が知っている。連邦大統領だ。彼は難しい表情をして宣う。
『――連邦政府はテロに屈しません。そして、そのような支離滅裂な要求にも応じないでしょう――』
「回答は実にシンプルですな」
 アルフレッドは事も無げに吐いた。
「当然だな」
 息を吐き、背凭れに体を預ける。その時だった。武装グループの首魁の声明映像に目が止まった。いいや、“止まった”というのは違う。“見つけた”のだ。
「私が行かなければならないな」
 言葉は口をついて出た。思考の必要もない。これは必然なのだ。私の無意識の言葉に、傍らに立つアルフレッドが首を傾げて訝しげに問う。
「正規軍の他、南アメリカ州軍や空軍・宇宙軍・海兵隊の対テロ特殊部隊などが、続々と現地に集結しつつあります。わざわざブルース様お一人が行かれる必要はないかと」
 抱えていたマスクを改めて被りアルフレッドを振り返ると、彼の持っている端末を受け取った。モニターの映像を操作する。画面いっぱいに首魁の男の顔が映る。そして、その背後も。
 アルフレッドは息を呑んだ。
「フィレシュテに連絡を。“ドレス”が必要だ」
 『タワー』を占拠した旧人類軍の首魁の後ろ、軍服に身を包み整然と立つ部下たちに紛れて一人、紅い口元に笑みを浮かべている男がいた。

***

 真夜中だった。
 目の前のタッチパネル・コンソールを操作すると、コックピット・モニターが映像を映し出す。機外のメカニックは怪訝な表情でこちらを仰ぎ見ている。右上に備え付けられた独立型マルチAI『ハロ』が、耳に相当する部分をパタパタと動かして“言葉”を発する。
『――ブルース様、“お召し物の着心地”はいかがですか?――』
 球体に等しいAIガジェットから慣れ親しんだ友人の声が聞かれることに何とも言い難い気持ちになって、コンソールを操作し続けながら応じた。
「慣熟訓練以来だが何とかなるだろう」
 ハロが“喋る”。
『――少なくない出資をしてきましたが、これほどの物を誂えていただいているとは……――』
 ソレスタルビーイングの創設者であるイオリア・シュヘンベルグの理想に賛同した私の高祖父が、前身組織への出資を開始してから凡そ200年。表立った支援はしてこなかったために、我が一族は“監視者”とはならなかったが、リボンズ・アルマークの暗躍で“監視者”の全員が殺害されて以後、再建のための出資は急務だった。
 アロウズの連邦掌握、イノベイドの叛乱などの混乱の渦中で王家が出資から身を引き、大口の顧客はウェイン家を含む数える程度のスポンサーに移行。活動のための資金と技術提供の見返りは、“多少の我が儘”を許されることだった。
『――ああ……どうも、『ムルシエラゴ』はいかがですか?――』
 不安げな表情でこちらを見上げるメカニックの一人が手元の端末から発する言葉は、私への距離を測りかねているものに違いなかった。蝙蝠を模したスーツにマスクを着けた酔狂な男を前にしては、至極当然の反応だろう。
「悪くない。原型はELSとの遭逢の際に運用されたようだな」
 変声機を通して発する私の声に、メカニックはびくりと体を震わせる。
『――ええ、『GN-010 ガンダム・サバーニャ』。元は中・遠距離射撃戦が得意な機体なんですが、こいつの発注内容は、近・中距離戦闘でしょう?本来想定していない接近戦で、複数の敵機を同時に相手取ることが目的ですから……。苦労しましたよ――』
 こちらが何も言わずにパネルを操作しているなか、男は熱を帯びたように話し続ける。自身が苦心した機械について語ることで、不愛想な仮面の男を相手取っていることを忘れたようだった。
『――ビットを外して操作系統の負担が軽減されたかと思ったら、「撃破なし、敵機の無力化を可能にすること」だなんて、無茶を言いますよ。結果的にハロは四機。ナカは窮屈じゃありませんか?――』
 頭上に二つ、左右の操縦桿を見守るようにさらに二つのハロがこちらを見つめている。この球体型のAIは本来喧しく“喋る”ようだが、発注の段階で口数を減らすよう求めた。自律した三機は何も“言わず”に、耳に相当する部分を動かしている。
「問題ない。狭い所には慣れている」
 メカニックの男は『――ハハハ――』と笑う。
『愚問でしたね。……それにしても、ウェインさんとはどういうご関係で?』
 男の質問は当然のものだと思った。だが、こういった問いへの答えは常に決まっている。
「私の出資者だ」
 『――それじゃあ、ウチと一緒だ――』と続けて笑うメカニックを見降ろして、回線を閉じた。これ以上、彼と世間話に興じる必要はないだろう。時間はあまり残されていない。
「アルフレッド、状況を」
 頭上のハロに語り掛けるとそれはすぐに応じる。『――芳しくありませんな――』
『――警備のために『タワー』の周辺に配置されていた守備隊が、そのまま旧人類軍に寝返ったようです。言うなれば無血開城ですな。占拠にあたって、連中は表玄関から堂々と入れたわけです――』
 予想していた状況だった。“奴”が暗躍しているならば、人々はその掌の上で転がされるにすぎない。正規軍は踏み込むことを躊躇することだろう。
 アルフレッドが私の思考を読んだかのように続ける。
『――早期に包囲した正規軍ですが、予想される大規模戦闘で『タワー』が損傷することを恐れて、なかなか突入に踏み切ることができずにいるようです。“あの男”は、まるで魔法使いですな――』
 コンソールに触れると、視界いっぱいに広がっていた整備区画が右方へ動く。いいや、この機体が左方に動いているのだ。整備区画からカタパルト・デッキへシームレスに機体が運ばれていく。まもなく、機体はカタパルトに到着した。
「“奴”は魔法使いじゃない、ただの手品師だ。種を暴くだけでいい」
 モニターの一つに管制官の女性の顔が表れる。漆黒のマスクの男の姿に息を呑んだのがわかった。彼女がそっと息を吐く。『――射出タイミングを譲渡します――』
「了解。……出る」
 リニア・カタパルトが力強く牽引し、機体が音速に近い速度で弾き出される。全身がシートに押し付けられ、血液が後方へと流れていくいつもの不快感が拡がった。これはバットウイングで慣れた感覚だ。射出されて間も無く、広大無辺な地上が眼下に広がる。私は地上と宇宙の狭間に居た。
 巨大すぎるタワーの防衛は困難を極める。だからこそ今回のような占拠を許したが、それは私にとっても好都合だった。
 『タワー』の低軌道ステーションは遥か上空、大気の海を飛び出した彼方にある。ステーション周辺の警備は当然固い。オービタル・リングにも取り付くことはできないだろう。選択肢は一つだ。送電線とリニア・トレインが通る『タワー』の筒の中には、整備のための空洞がある。利用する以外に方法はない。そして、“奴”はそれを理解している。
 漆黒の装甲が音もなくその色を失い、宙空のそれと全く同化する。光学迷彩。GN粒子によりレーダー機器が無効化される現代の戦闘において、単機で潜入行動を行うには不可欠な機能となる。
 本機を射出したプトレマイオス2改が、後方で離脱挙動に入った。いよいよ頼る者は居なくなる。尤も、ミッションへの介入を控えるようにソレスタルビーイングへ求めたのはこの私だ。彼らの対応は折り込み済みだった。
 真夜中だった。
 だが、大気の狭間では関係がなかった。地平線に光が差そうとしている。
 間も無く夜が明ける。夜明け前が最も暗くなるのだ。

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