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ショートストーリー『グッドナイト』


    《グッドナイト》

☎(Trrrr、Trrrrr…)

「もしもし」
「……もしもし、…あたし…覚えてる?」
「…ああ、キミか。…久しぶりだね」
「よかった。あたしの声、覚えててくれて」
「どうしたの? なんか、めずらしいね。
 何かあった?」
「ううん、とくに…。ただ、何となく…」
「…そっか。…元気?」
「うん。…あなたは?」
「ああ、何とかネ」
「……」
「……」
「…この前、…」
「…え?」
「この前、あのお店、行ってみたの」
「あのお店?」
「あなたとよく行った、ホラ、青山の…」
「ああ、あそこ」
「そう、あそこ」
「…で?」
「モスコミュール、飲んだワ」
「…好きだったネ、それ」
「でも、なんだかおいしくなかった」
「へえ、…どうして?」
「さァ、…わかんない。
 …新しいバーテンさんに変わってたし、
 それに…」
「ん?」
「…うん、何だかネ、
 右の肩のあたりがスカスカして…」
「右の肩?」
「そう。だってあの頃、
 あたしの右側には必ずあなたがいて、
 あなたの左肩が触れてて、
 こう、
 ちょっと右肩が圧迫されたかたちで
 グラス持ってたのよね。
 それがないから…、なんか…」
「(笑)そうか。
 すると、今はキミの右肩は自由なんだ。
 …でも今度は左肩を圧迫されてたりして…」
「(笑)残念ながらずーっと両肩とも、
 自由なままよ。
 …だから、重ねるグラスの数が増えたワ」
「オイオイ、
 キミはそれほど強くなかったじゃないか。
 むちゃをするなよ」
「強くなったワ。お酒だけじゃなく、
 いろんな面で。あなたのおかげよ」
「(笑)どう受け取ればいいんだろう。
 ま、いずれにしても俺といると苦労が
 絶えなかったろうな。いろんな意味で」
「(笑)否定はしないワ。
 でもそんな苦労だけじゃないのよ、理由は。 
 誤解しないで。こんな夜中に電話して、
 昔のことをグチる趣味はないワ」
「助かった。ちょっと構えてしまったヨ」
「まァ、イジワルね、相変わらず。(笑)
 そうじゃないのヨ。…そうじゃないの。
 …この頃、時々思い出すの。あの頃の、
 あなたのこと」
「俺のこと? 何でまた…」
「わかんない。だけど思い出すの。
 お酒飲む時や、食事の時、夜眠る時とか、
 日常の中で何かふとした時に…」
「………」
「ごめんなさい。
 困るわよネ、こんなこと言われても。
 ううん、
 だからってどうしたいって事じゃないの。
 ただ…
 ただ何か、しゃべりたかっただけなの、
 誰かと…。そしたらふと、
 あなたの顔が浮かんで来て…」
「飲んでるんだね、今…」
「少し…少しだけヨ…」
「もうやめたほうがいい。
 明日は、日曜か…。休み?」
「ええ」
「そのままぐっすり眠ったほうがいい。
 疲れてるんだよ。もう何も考えないで」
「…ええ、そうするワ。」
「きっといい夢が見られるヨ」
「(笑)…あなたらしい言葉。懐かしいワ。
 …ねェ」
「ん?」
「あなたは、…たまには、あたしの事、
 思い出す?」
「…ああ」
「どんな時?」
「…そうだナ、…例えば、朝起きた時。
 …ベッドが広すぎて…」
「…フフッ…無理しちゃって。
 でも、なんか嬉しい。……もう寝るワ。
 何かホントにいい夢が見られそう。
 …おやすみなさい、優しい嘘つきさん」
「ああ、おやすみ」

☎(OFF)

「…オヤスミ。かわいいヨッパライ」

                  End


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