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トイレののぞき魔
もう1年になるのか。
時が経つのは早い。突然死んでみんなを驚かせてくれた父。先日一周忌法要がとり行われた。
その夜、甥っ子2人が我が家にお泊まりをしにきた。
私の息子の部屋で3人、テレビゲームをしたり、Netflixのホラー映画をみたりして楽しい時間を過ごしたようだ。
私は、夜中12時すぎにベッドに入ったが、休日前なので「眠いけど、まだ寝たくないな」と、YouTubeで平井堅が唄う「Wの悲劇」を聴いていた。少し切なくなり、サビに入りかけた以降の記憶がないので、限界がきて気絶したのだろう。
3人は明け方まで「キャッキャ」言って遊んでいたようだ。私はその声で、時々目が覚めたり、また寝たりを繰り返しながら、朝7時過ぎに完全に目を覚ました。そのときリビングで甥っ子2人が床に川の字になり、いびきをかいて寝ていた。
甥っ子たちの寝顔が可愛かった。私はとっさにカメラを構え、床に這いつくばってパシャパシャと何枚も撮影した。
腹這いになって、必死にカメラのファインダーをのぞいている自分の姿が、あの忌まわしい記憶を呼び起こした。「トイレのぞき魔」の姿とシンクロしたのだ。私は何かすると、何かを思い出すクセがある。執念深いのか、記憶力がいいのか、はたまたしょっぱい経験をしすぎているからなのか...。
22年ほど前のことだ。ディスカウントストアで買い物をしている途中、急な腹痛に襲われた。自宅に帰ろうと思ったのだが、私のお尻は悲鳴をあげ、限界寸前だったのでお店のトイレを探しまわりやっと見つけた。
見つかったのはいいが、トイレはお店の外にあり、古くてお世辞にもきれいとはいえないものだった。しかし「背に腹は変えられぬ」。いや、逆に「ここにあってくれてありがとう」と感謝して駆け込んだ。和式か。
和式便所の扉の下の隙間は結構広く、お尻がスースーするので嫌だなと思った。しかし、私のお尻はもうそんな贅沢をいっていられる状態ではなかったので、とにかくズボンとパンツを一気にずりおろした。
「ジャー」だか「シャー」だかの音と共に一瞬のためらいもなく、出るべき場所から出るべきものが出た。「あ〜このまま天国に行ってもいいわ〜」スーっと腹痛が消えた。
痛みが消えたことの喜びと、なんともいえぬ爽快感を得た。しかし、それと入れ替わるように、私の第六感が鋭くなった。「何か人の気配がする」
ふと後ろを振り返ると、便所の扉の下から、一握り分の髪の毛7㎝ほどがこちら側に横たわっていた。
「うおおおおお!海原はるかの1・9分けの、9割分の髪の毛え」
そこじやない!
のぞき魔!トイレの床に這いつくばって便所覗いてる!
私は低い声でうなった。
すると、私の声に驚いたようでのぞき魔の気配が消えた。
私は怖くて、その場から逃げようとお尻を拭きもせずにパンツをあげた。そんな緊急事態でも、お尻だけは隠しておこうと羞恥心のセンサーだけは働いたのだ。しかし恐怖で手足が震えた。ズボンは膝のあたりまでしか上げられず、ズボンのウエスト部を両手で落ちないようにつかみ、中腰で逃げた。
なんとか店の中に入り、店員さんを見つけ「便所のぞかれた」と訴えた。
無様な格好だった。便所は覗かれるわ、ズボンはちゃんと履けてないわ。ただ一つ救われたのはパンツを履いていたことだった。
店員さんはちょっとニヤけているように見えた。そらそうだろう。背中に小さなリュックを背負い、中腰で、首だけ上にあげている姿は、亀の甲羅を背に乗せてお遊戯でもしているかのような姿だ。誰でも笑う。
和式便所でお尻の穴を見られただけでも屈辱だが、扉下の隙間が広かったせいで、見られたのはお尻だけでないことは想像に難くない。私のお尻たちがお祭り騒ぎだったこともしっかりとさらしてしまったのだ。
たとえ便所をのぞかれたことを店員に訴えてようとも、のぞき魔の記憶にあの姿を永久保存されることにかわりはない。
もし写真を撮られていたとしても、尻紋なんぞとったことはないので、お尻の穴で身元がバレることはないだろうが実に不愉快だ。
私は、店員さんと話をするうちに少しずつ冷静さを取り戻し、お尻を拭いていないことの方がとても気になりだした。恥ずかしさも込み上げてきたので店員さんに「すみませんでした」とだけ言い残しフェードアウトした。
自宅に帰ってすぐにお尻を洗ったことはお伝えしておく。
その後1週間ほど傷ついたこともお伝えしておこう。
のぞき魔よ、和式便所だからよく見えただろうよ。私のお尻の穴の記憶は忘れ去り、その後地獄に落ちればいい。
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