見出し画像

のらねこ、写真のレタッチはどこまで許される?

写真の世界では、一般にレタッチは最低限にすべきで、あまりやらない方がいいものとされています。
多くの写真コンテストでは、一般に過度なレタッチは違反です。

また異なる写真を組み合わせて1枚の写真を作ったりすると、「それはもはや写真ではない」とみなされたり、またはそのせいで炎上したりもします。
つまり写真の世界では、レタッチはそもそも悪いこととされているのです。

、、、でも、それって何のための禁止なの?
レタッチの何が問題なの?

今回は、写真業界におけるレタッチ禁止の功罪について。

皆様、いつもありがとうございます。
あるいは初めて見てくださった方、めちゃ嬉しいです。
僕は目標管理Webサービス Project Sylphius の開発・運営をしています、TOMCAT HEART の中島です。

日々の暮らしにゆとりがない、毎日つまらないし、それらが改善する見込みもなく、一生このままの予定。
そんなふうに考える人達に足りないもはただ1つ、“目標管理” です。

目標管理スキルさえあれば、毎日が楽しくなるように自分で自分を変えていけるし、楽しいことが何でもできるようになります。

この のらねこに何ができる? では、だったらどうすれば目標管理ができるのかをお伝えするため、僕自身が計画を立てて自分で実践してきた色々なことを連載形式で分かりやすく、なるだけ面白くお伝えする主旨となっております。

現在連載中の “のら写真家に物語は撮れる?” シリーズは、アマチュアカメラマンとして20年やってきた僕が、物語性のある写真の撮り方を研究するシリーズです。
そのラストになる今回は、レタッチはやっていいのか悪いのか、あるいはどこまでならやっていいのか、という話。

全体の執筆計画はこちら:
1. いい写真にはテーマが必要
2. テーマと物語性の関係
3. 撮影の基礎知識
4. 構図設計のやり方
5. 物語の表現の仕方
6. 写真に写る情報を整理する
7. レタッチの重要性(今回)

過去のバックナンバーはこちら


1. そもそもレタッチは“悪”なのか

通常多くの場合、写真コンテストではレタッチは禁止されています。
で、これを “レタッチはそもそも悪いことだから” と勘違いしている人は結構います。
中途半端に知識のある人が勘違いしていることが多いほか、ちょっと古めの写真教則本だとプロが堂々と書いていることもありました。

当たり前ですが、写真コンテストにおいてレタッチが禁止されているのは、レタッチが悪だからではありません。
写真コンテストはあくまでもカメラの腕を競う大会だからです。
だから写真撮影後のプロセスは審査対象ではなく、審査の邪魔になる要素は排除対象となるだけです。

ここでいうカメラの腕ってのは、

  • カメラを正しく操作する技術力

  • 美しい構図設計をする美的センス

  • 写真スポットを探し出し、出かけていく行動力

この3つだけを指します。
どれも、カメラを手に持ったまま行う行為です。

だから、撮影し終わってカメラを手放した以降のプロセスについては、カメラの腕とは関係がないとされ、審査対象外となるのです。
これは「他では知らないけどうちはそういうルールだから」と言ってるだけです。

ちなみに多少色味を変える程度の軽いレタッチは禁止されていないことが多いのですが、これはカメラのレンズは光を捉える能力が人間の肉眼より劣るからという技術的な理由です。
だから肉眼の見た目に近づける加工は良しとされています。

また以前は、上下左右を少し切り取る行為(クリッピング)も、多少ならばOKとされていました。これも、昔のカメラはパララックス(撮影者が狙った景色よりも少しズレて写る現象)があったからです。

だとすると、一般の写真コンテストとはまた別に “レタッチOKの写真コンテスト” が開催されれば、それは問題ないのでしょうか。
レタッチ禁止なのがあくまで「そういうルールだから」なのであれば、主催者がOKと言えばOKになるはずです。

これはその通りで、主催者がOKといえばレタッチは許されます。
ですが、そのようなコンテストは絶対数として正直そんなに多くはありません。
なぜなら、昔は写真撮影の技術とレタッチの技術は全くの別の能力とされていたため、その2つを同時に審査できる人がなかなかいなかったからです。
第一、レタッチOKにするんだったら、写真コンテストじゃなくて “デザインコンテスト” って名前にした方が、応募数も稼げるし審査員も探しやすいですしね。
(個人的な記憶にあるかぎり、何回かは見たことはあった気がします)

ですからレタッチ禁止ルールは、“カメラにとってレタッチは悪行だから” という理由とは明確に異なるものです。
写真家でありながらレタッチの能力もある、なんて審査員がなかなかいない以上、作品を持ってきていただいても勝負が成立しないわけです。

2. 昔は今よりひどかった、的な話

コンピューターの発達とともにレタッチは身近になり、世論もだいぶ軟化しましたが、昔は “レタッチ=悪” という短絡思考で生きてるカメラマンは確かに多かったように思います。
あらゆる写真コンテストが満遍なくレタッチ禁止を謳いだすことによって、必然的に “レタッチとは、そもそもやってはいけないもの” と安易に認識する人が多かったためです。
(それと、レタッチという言葉自体を、“写真をエロくすること” って意味だと勝手に勘違いして一人で空騒ぎする人もマジでいましたね)

インターネット黎明期の頃は、SNSに個人的にアップした写真ですら、レタッチされていると叩く人がいました。
その中心になったのは、(これは言うまでもないでしょうが)よい作品を短時間で作ってしまう人達が許せない連中です。
これは時代を問わずの話でしょうが、作品は長い時間をかけて作るのが偉くて、凄い作品を短時間でパパッと作るのは卑怯者だという歪んだ考え方の人はいるものです。

写真コンテストがレタッチ禁止なのは、あくまでもそういうルールだからなだけで、別にレタッチが悪だからではありません。

野球大会が “バットを3回振ったらアウト” と決まっているのと同じレベルの話であって、日常生活にそのルールを適用しなきゃいけない理由にはなりません。
ルールがない場では、何回でも好きに振ったったらええんです。

3. 実際にはレタッチは凄く重要

仮に、レタッチを悪だとみなしたとして、一切のレタッチをしないと心に決めた人がいたとします。
はたしてその人は、写真家としてやっていけるでしょうか。

まぁ、少なくともプロとしては絶対に無理でしょうね。

なぜなら、カメラというのは無加工の撮りっぱなしでは、つまらない、のんべんだらりした色味に写るようにできているからです。
機械の構造的に、どうしてもそういう色になっちゃうんです。
だから最低限、色味の調整だけは絶対にやらざるをえません。

またクリッピングなどの技術的に可能な業務を請け負うことも、個人的な信念を理由に断らざるを得なくなり、「あなたそもそもなんでプロを名乗ってるの?」と首をひねられてしまうかもしれません。
言うまでもなく、SNS限定のアマチュア写真家としても、もし人気を獲得していきたいのならなかなか難しいでしょう。

もちろん、「ここまではOK」「ここからはNG」っていう線引きが自分の中にあってもよくて、その線引きが「明るさをわずかに変える程度」みたいな超キビシめとかでも全然かまわないとは思います。
でも、それはあくまで個人のマイルールであるべきです。

他人に強制することじゃないし、たとえ写真の先生であっても、すでに基準を持ってる生徒の考え方を無理に変えさせたりとかしちゃ絶対ダメ。

とはいえ、だからといって無尽蔵に何でもレタッチすりゃいいのかってぇと、そういうことじゃないと思うんですけどね。

写真というのは、SNSのフォロワー、コンテストの審査員、あるいは誰よりアルバムを見返した未来の自分などなど、様々な人々から良い評価を得るために撮るものです。
それらの人々から評価を得るのに有用ならレタッチすればいいでしょうが、その際に重要になるのは “どんなレタッチならその効果が高いか” を考えること。

フォロワーさんを喜ばす目的の写真のとき、自分のフォロワーさんがパステルピンクの可愛い写真が大好きだと分かっているなら、そういう方向のレタッチをすればいいでしょう。
でも効果も分からず適当にレタッチするのは、無駄に評価を下げるだけ。
レタッチ警察に付け入るスキを与えてしまううえ、フォロワーさんだって別に喜ぶわけでなし、正直なんのメリットもありません。

だからレタッチは、なぜレタッチしたいのかをハッキリさせておくことはとても大事です。

たとえば僕の場合は、レタッチをする理由は “物語を分かりやすくするため” です。
写真の被写体を主人公としたとき、その物語をイメージしてもらいやすくしたり、もしくはそのイメージの邪魔になるものを消したり。
だから僕は、その必要がない場所では基本的にレタッチをしませんし、それを分かりやすくするためならほぼ何でもやります。

4. このレタッチ、やってOK?

仮に、あなたが何かレタッチテクニックを知っていたとして、それが世の中的にやっていいのかどうか分からなかった、としましょう。
たとえば、アイドルの写真に別人の裸体を貼り付けるレタッチ、とでもしましょうか。
これってやっていいこと? 悪いこと?

そのレタッチが自分のSNS的にOKなのか、どこまでならやっていいのか。
そういうの何も分からない五里霧中のとき、どうしたらいいのでしょうか。

たとえば、アイドルに裸体を貼り付けたらアウトであることは、誰にでも容易に分かります。
ですが、同じアイドルの写真に、本人がとても着そうにないダサい服をレタッチするのはアウトでしょうか、セーフでしょうか。

おそらくSNSの公開範囲などによって変わってくるでしょう。
本人、あるいは関係者やファンの人達の目につく可能性が少しでもあるならアウト、ってところでしょうか。

一般に多くのSNSは、“公開範囲の概念が理解できないなら、世界中に全公開されるものだと思え” とよく言われます。
それは実際その通りで、分からないなら全警戒、という考え方は人生の基本の1つでもあります。

ですが実際には、写真というのは公開した瞬間に世界中の人が一瞬で認知するわけではありません。
比較的クローズドで、パスワードで閉じてるわけでもないのに情報がさほど拡散しない場というのも、確かにあるにはあるものなのです。

そのことについて自身のSNSがどうであるかどうかを調べるには、“テクニック1つ” ずつを順番に、ウケるかどうか検討していくといいです。

たとえば、あなたが今日、AIを使ったオブジェクト消去のレタッチテクニックを新たに覚えたとします。
風景写真に写りこんだ邪魔な標識などを、一瞬で消せるように今日なった、としましょう。
でも、それが自分のフォロワーさん的にやってOKなラインなのか、あるいはやって喜んでもらえるモンかどうか分からない、とします。

その場合、テクニックを使わない今まで通りの写真と、新しいテクニックでレタッチした写真を、しばらく交互に公開し続けます。
で、どっちの写真の方がより多くの いいね を獲得できるかを比較するんです。
また、そのような比較検討を、なるだけ無難な写真でやるのも大事です。

このような調査方法を ABテスト法 といい、ビジネスの世界では割とよく使われているやり方です。

5. レタッチの種類

最後に、一般によく使われるレタッチの一例を紹介しておきます。

1. 色味の調整・ワンポイントの追加

最近のスマホは、撮った写真の色味調整が簡単にできるものも多いです。
また フィルター と呼ばれる機能が載ってる物も多いですね。

あるいはプリセットのハートの画像とかいっぱいインストールされてて、それを簡単に呼び出してペタペタ張ったりとかできます。

で、レタッチを叩く人達の中には、これらの行為を “レタッチではない” と認識してる人がいます。
なんでかって、自分でもやってるから。

写真にちょっとでも手を加えたら、それはレタッチなのよ?

2. オブジェクト消去

AIの進歩により、もともと写っていた写真から邪魔なものを削除する機能が、ここ数年で急速に普及しました。
今の人は知らないと思うんだけど、昔のカメラマンがね、このオブジェクト消去をとにかく異常なほど嫌ったものです。
特にアマチュア。

昔はね、アイドルの写真からホクロが消えただけで、炎上(今でいう炎上に相当する騒ぎ)が起こったりしたものですよ。
また、自分の好きなアイドルの写真が実はレタッチされたものだと分かると、急に冷める人なんてのも普通にいました。

で、理由を聞くと「そんなの自然じゃない」とかそれっぽいこと言うんだけど、よくよく聞くと醜いものが美しく変わることを “偽ることだ” と認識しているケースが多い印象ですね。
醜いものが美しくなることを普通の人は “改善” と呼びます。

が、そういう考え方が綺麗にスッポリ抜けてて、「自然のものに人間が手を加えたらそれは全て改悪だ」と捉える人、今でもけっこういるよね。

3. 輪郭加工

で、その、醜い人が美しくなるのが許せない人が、一番叩くのがこれ。
特に人間の顔の輪郭補正は叩かれやすい。
お見合いで騙された経験でもあるのかってくらい、とにかくうるさい。

なのでこれくらいから、自分の中で “レタッチした理由” をはっきりさせておく必要が出てきます。

4. フォトバッシュ

複数の写真やイラストなどを組み合わせて、1枚のイラストを完成させることをフォトバッシュといいます。
一般的には、フォトバッシュによって完成した作品は、写真ではなくイラストの扱いになることが多いです。
(実際、写真をわざわざイラストっぽいタッチにフィルターする人も多いです)

ですが、写真のレタッチであることには違いはありません。
そういう技術もあるということを覚えておくと、将来どこかで役に立つかもしれません。


はい、てなわけで、
のら写真家に物語は撮れる? シリーズはこれにて終了です!

来週はまた別のシリーズを。
心理学関連の内容でもやろうかなと、思っております。

生きづらさを感じている人、自分が発達障害じゃないかと疑っている人。
今、多いですよね。
そんな人達に、僕が自分で自己改善してきたときの話や、家族の問題に対処してきたときの話なんかやっていけたらと思っています。

ではまた!

[広告]
ここまでお読みいただきありがとうございました。
僕が開発・運営している 目標管理アプリ Project Sylphius は、目標設定・アイデア出しのお手伝い・ジャーナリング・自己分析機能などなど、あなたの挑戦・あなたの仕事が楽しく続くWebサービスです!
無料・無期限でプロジェクト2つ作れます。
1度お試しください。

TOMCAT HEART / 目標管理アプリ Project Sylphius

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?