[短編]Kusuri-Uri[ブラック]
~ある売人についての担当刑事の引き継ぎ~
定年刑事「この写真を見てくれ」
後任刑事「ギャングに狙われてる売忍ってコイツですか?」
定年刑事「ああ、そうだ。ただのチンピラにしか見えんが、思い切ったことをはじめた」
後任刑事「yakuの売り上げをチョロまかしたんですか?」
定年刑事「その程度のことなら、最初は指くらいだろうな」
後任刑事「対立する組織に寝返ったとか?」
定年刑事「売忍がそんなことをして何のトクがある?」
後任刑事「じゃあ、何なんですか?」
定年刑事「yakuを扱うのをやめて、別のものを売りはじめた」
後任刑事「やっぱり、非合法なものですか?」
定年刑事「なんだと思う?」
後任刑事「昔ならポルノビデオなんかもありましたけど、今はネットでいくらでも見れますし、まてよGポですか?」
定年刑事「ちがう。医薬品だ。処方薬を闇で売るようになった」
後任刑事「yakuと同等の効果があるという精神薬?」
定年刑事「いや、幹線症の治療薬だ。例のロロナにもとてもよく効くそうだ」
後任刑事「それって、イバラクチンとか?」
定年刑事「知ってるなら話が早い。イバラクチンが効くという口コミが出始めると、すぐにデマだという声が上がって、開業医あたりでは手に入らなくなった」
後任刑事「なんとなくは知ってます。一時は個人輸入でも数ヶ月待ちだったとか」
定年刑事「数ヶ月どころか結局、手に入れられなかった者たちも多かったようだ。個人情報だけ抜かれたとボヤいてた」
後任刑事「そうなんですか? そこまでは知りませんでした。でも今時、ロロナを恐れてる人はほとんどいないでしょ?」
定年刑事「新型がまもなく流行するそうだ。今度は本当に毒性が強いらしい」
後任刑事「再び、イバラクチンのニーズが高まると予測したわけですね。それで今のうちにイバラクチンに商売替えしたのか。でも、イバラクチンって本当に効くんですかね? 結構、副作用もあるって聞きましたよ」
定年刑事「一部のビョーインでは、ロロナ患者にイバラクチンを使って成果を上げてきた」
後任刑事「じゃあ、ウワサは本当だったんですか?
となると、インボー論の云うように、イバラクチンの流通を止めたのが怪しいということになりますが……
あ、わかった! このチンピラ、インボー論にかぶれて信者になったんでしょ!」
定年刑事「チンピラがそんなことを考えると思うか? チンピラというのは目先の儲けに釣られたり、その場の怒りにまかせて無茶をやるからチンピラなんだ」
後任刑事「…………」
定年刑事「コイツの母親が病院でラクチン差別を受けた」
後任刑事「ラクチン差別? ラクチン打ってなくて診療拒否されたとか?」
定年刑事「風邪を引いたと思ってビョーインに出かけたところ、例の検査をされて、そのまま入院。コイツが駆けつけたときには、すでに○○を装着されていたそうだ」
後任刑事「○○……て、最後の切り札という評判だったけれども、慣れない者が使うと逆に危険なあの装置ですか。実際には多くの人がその装置のせいで命を失ったという……」
定年刑事「母親はそのまま亡くなった。死因はロロナにされたそうだ」
後任刑事「そりゃあ、納得いかなかったでしょうね」
定年刑事「で、コイツは情報を集めた。医療関係者の中には闇世界につながってる者たち少なくない。知ってるだろ?」
後任刑事「ええ、接点は結構ありますから」
定年刑事「で、一つの真相を嗅ぎつけた」
後任刑事「真相?」
定年刑事「そこのビョーインでは、ラクチン打ってない者にはイバラクチンは使わなかったそうだ。その上で、あれだけトラブった○○を装着した」
後任刑事「…………」
定年刑事「一方、ラクチン打ってる者にはイバラクチンを処方した。イバラクチンを処方された患者は簡単に治って退院していく……」
後任刑事「なるほど、差別ってそういうことですか。ラクチン打ってる者には、ラクチン打ってたおかげで重症化しなくてよかったですね~ と云い、ラクチン打ってなかった者は見せしめ……」
定年刑事「そういうことだな」
後任刑事「まさか課長、そんな与太話を信じているわけじゃないでしょうね? それって典型的なインボー論ですよ」
定年刑事「これを見て見ろ」
後任刑事「外国の新聞……。課長、こんなの読んでるんですか?」
定年刑事「これが翻訳したものだ」
後任刑事「もったいつけずに最初からこっちを出して下さいよ。えっと……」
定年刑事「…………」
後任刑事「これどこの国ですか?」
定年刑事「カンガルーランドだ。インボー論でも何でもなく、公然と行われているらしい。市民グループが抗議している」
後任刑事「わが国は?」
定年刑事「わからん。知り合いの開業医はそんな話は聞いていないと云ってたが、そいつはあのラクチンが危ないということも云ってくれなかったしな。本当のことはわからん」
後任刑事「まあ、資格持ちは、うっかりしたことを云えば責任をとらされますから」
定年刑事「ともかく、これで事情が飲み込めただろう。コイツはチンピラだが、身に降りかかった理不尽には命を捨ててかかる」
後任刑事「わかります。堅気の人間、それも医者や教師がひどいことをすると、ヤツら激高しますから」
定年刑事「コイツは若い頃、任侠団体にいたんで尚更だろうな。死に場所を見つけたくらいの気持ちかもしれん」
後任刑事「イバラクチンを扱うようになったのはカネのためというより、義侠心から、というわけですか。本人は義賊気取りなんだ……」
定年刑事「…………」
後任刑事「でも、それがどうしてギャングの怒りを買ったんですか?」
定年刑事「今のギャングは、かつての任侠団体とは違うんだよ。大きいところに牙を向くどころか、進んで御用を引き受ける」
後任刑事「巨悪がギャングにカネを渡して、マトモな薬を狩らせてる……もしそんな事実があるのなら、それはやりきれませんね」
定年刑事「そう思うか? なら、できるだけコイツを助けてやってくれ。上からは、別件でも何でもいいから、しょっ引けと云われてるんだが……」
後任刑事「ち、ちょっと待って下さい! 課長、それはズルイっすよ。課長は定年で逃げ切れましたけど、オレなんかあと10年、勤めなきゃならないんです。ここの任期は2年ですけど、2年間も上の命令をはぐらかすなんて、とても無理っす。
それにこっちがしょっ引かなくても、ギャングに殺られるかもしれない。それなら、しょっ引いてやったほうがコイツのためでしょ?」
定年刑事「キミに指図しようって云うんじゃない。気に障ったら謝る。ただの申し送りだ。後はキミの好きにやればいい」
後任刑事「…………」
定年刑事「そうだ。これを置いていこう」
後任刑事「なんですか、この薬瓶は?」
定年刑事「ゲドク剤だ。ラクチンのな」
後任刑事「…………」
定年刑事「そんじょそこらでは手に入らんぞ。ラクチンには服佐用など無いことになってるからな。よかったら使いたまえ。症状が出てからでは遅いそうだ」
後任刑事「それも、コイツから回してもらったんですか……。
オレがコイツをしょっ引いたら、もう手に入らなくなりますよ」
定年刑事「ここを辞めたら、ラクチンなど打たないよ。だからもう必要ないんだ」
後任刑事「こんなわけのわからない薬、わたしはごめんです。ラクチンを疑って、こんなのを信じるなんてどうかしてます!」
定年刑事「そうだな。リクツではその通りだ。というか、ラクチンを賞賛する話はそれこそ洪水のように流れてきた。リクツでしか考えられない者は信者になるしかないのだろう」
後任刑事「お言葉を返すようですが、信者というのは考えないで依存するから信者なんだと思いますが」
定年刑事「説得するつもりはない。キミは聴く耳を持っていそうだと思ったから話したんだ。ラクチン信者だとは思わなかった。忘れてくれ」
後任刑事「わたしも課長が、インボー論者だとは思ってませんでした」
定年刑事「よそう。いくら話しても溝が深まるばかりだ」
後任刑事「そうですね。ともかく、この薬はお返しします。
わたしは、いざとなったら、食べるのをやめますよ」
定年刑事「?」
後任刑事「食べないのが一番の健康法ですから!」
定年刑事「…………」
後任刑事「コイツにも教えてやるかな。食べずにいられるYakuを売った方がいいぞって」
定年刑事「お前……」
後任刑事「冗談ですよ。でも、結局、何が悪くて何が良いのかってことは、我々にはわからないんじゃないですかね。
そりゃあ、悪企みする者はいるでしょう。でも、そいつらだって元も子も無くすような真似はしないでしょうし…… あ、こういうと、人工削減論で返されるのか。でも、相手がそこまでやるつもりなら、逃げ道なんてすべて塞がれていると思いますが……」
定年刑事「で、結局、右に倣えか?」
後任刑事「羊は群れで生きるのが性に合ってるんです!」
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