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[短編]ポストポストマン

その人は 郵便配達だった
天職だと思って長く働いたが
日本語は「述語制」だという
ある哲学者の話を聴いて
常々感じていた疑問が抑えられなくなり
やめた

感じていた疑問とは
モノとして郵便を届けることは出来ても
思いを届けることがおざなりになってる
という もどかしさだった

それが日本語の「述語制」と
いったい どうつながるのか?

主語がない言語の場合
意味をよく考えなければ
相手の云ってる意味がつかめない
主語のない言葉は
幾通りにも解釈できるから
その分 気持ちを働かせる必要がある
しかし そのことで
かえって思いがよく伝わる

郵便に置き換えれば
主語は 宛先・宛名である
それさえはっきりしていれば
確実に 届けることが出来る
しかし、そこで配達するのは
封書やハガキといったモノだ
中身についてはいっさい関知しない
極端に言えば
封筒の中が空っぽでも
届ければ 仕事をしたことになる

おかしくはないか?
本末転倒ではないか?

その人は 一念発起して
思いを届ける仕事をはじめた
当時 流行っていた時代劇にあやかって
「必着仕事人」と名乗ることにした

が、怪しすぎる! と奥さんに反対され
「ポスト・ポストマン」に落ち着いた
新時代の郵便配達 という意味である

手紙やハガキを取り扱わないのは
コンセプトをはっきりさせるためだ
お客から 伝えたい思いを直に聴き
それを伝える

どうやって?

風と鳥と虫 まずその三者と契約した
あとから 草木とも契約した

伝えたい相手に 風の音
鳥や虫の声 揺れる葉や花の姿で
思いを伝えるのである

皆、いずれも言葉を話さないから
気づいて貰うしかない
しかし、気づいた時には
確実に 伝わる

言葉のように解釈で迷うことはないし
誤って伝わることもない
まさに理想ではないか!

どうすれば その必着仕事人……
いや ポストポストマンに
思いを伝えてもらえるか?

風に頼んでもいいし
草花に話しかけてもいい
どうしても伝えたい思いがあれば
伝わる

しかし
伝えるようとするよりも
気づく方が 先決だ

あなたの周囲に
あなたが気づいていない
未読の思いがあるのではないか?

虫の声がよく聞こえなければ
窓を開けよう
今 どんな花が咲いているか
少しも思い浮かばなければ
明日は 少し歩みをとめて
周囲をよく見直すことだ

だいじょうぶ
いまは 不安でも
落ち着いて 気づくことさえ出来れば
その時はきっと……


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