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[怪談]そういえば、初盆

 喜知次さんから電話がかかってきた

 目上の友人だ

 結婚する という

 奥さんが亡くなられたのが去年の暮れだったか と記憶をたどった

 いつまでも くよくよしていてもはじまらないという、喜知次さんらしい決断だと思った

 こういうと亡くなった奥さんの影が薄く感じられるかもしれないが、決して、夫の後からついていくというタイプではなかった。喜知次さんが若い頃に参加していたバンドでは、奥さんがボーカルだった。子どもさんはブラスバンドの甲子園といわれる大会に出場したほどで、その後、アメリカの音楽学校に留学。奥さんはそれについてしばらく海外生活を楽しまれた。
 といって、子どもにかかりっきりのママさんでもない。その前は、オートバイでツーリングにハマってたこともあったし、ずっと仕事もしていた。どちらかというと、夫婦それぞれに人生を謳歌しているという感じだった。

「じゃあ、結婚式は秋ですか?」 とオレ。

「いや、まだそこまでは決めてへんにゃけどな。とりあえず、報せとこうと思うて」と喜知次さん。

 ということは、すでに一緒に暮らしているということかと察しつつ、じゃあ、こっちでささやかなパーティーでも企画するかと、ようやく頭が動き出した。
 ともかく人付き合いをやらなくなって長い。いちいち反応が鈍いのだ。しかし、盛んに行き来していた頃は、もうずいぶんの前のことだが、年少のオレが企画、幹事役だった。

(じゃあ、とりあえず、○○さんに連絡しなければ……)

と思ったところで、ガクゼンとした。
(こういう肝心な時に月並みな言葉しか浮かばないから、オレには小説が書けないのだ)

 ○○さんとは、去年の暮れからまったく連絡を取っていなかった。その半年くらい前にある出来事があり、すでに疎遠になっていたのだが、それにトドメを刺すことになったのが、去年の暮れだった。

「喜知次さんが亡くなったんだよ。今、奥さんから電話があった……」

 お葬式は家族葬ですでに終わっているが、皆でお参りさせて貰おうという連絡だった。それをオレは断った。まったくそんな気分ではなかったからだ。事情があって仕事を辞めて、仕事のノウハウをまとめて本にするという計画を実行しかけて、難渋していた頃だった。

 しかし、時間がないとか余裕がないという言い訳は、世間では通用しない。あれだけ親しかったのに、なんだその態度は、となる。しかも、○○さんとはその前に、袂を分かつような伏線があった。もう会うこともないだろう、と思っていたところでの、それだったのだ。

 ○○さんにしてみれば、喜知次さんがきっかけを作ってくれた。気まずくなっていた仲を取り持ってくれたという思いがあったかもしれない。オレは、それに冷や水を浴びせた格好になってしまった。

 話すと長くなったが、頭の中では一瞬の出来事だ。

(喜知次さんは亡くなってる……)

 オレは受話器をもったまま、コトバヲウシナッタ。

 ボウゼンと、仏壇を眺めていた。

 これが、ホントの話なのである。
 どういうわけか、オレは実家の仏壇の前で受話器を取って話していたのだ……

 以上は、今朝の夢だ。まだ一時間も経っていない。
 これまた小説としては話にならない最低の夢オチというやつだが、怪談なら許してもらえるのではないか。

 オレは喜知次さんが大好きだった。お参りには行かなかったが、その後、短編を四つか五つ書いた。こうやって小説もどきなことを書くようになったのも、それがきっかけかもしれない。
 具体的なエピソードはその時に書いたのでここでは繰り返さないが、喜知次さんにはドラマがあり、明るさがあり、こすいところがあり、不運なところもあり、哀愁もあって、一言でいえば愛される性格で、話になるのだ。自分のことを書こうとしたり、架空のことを書こうとして、遅々として進まなかったのが、喜知次さんについてなら書けた。

 ああ、夜が明けた。

(喜知次さん、再婚するんですって…… 喜知次さんらしいですよね)

 そのことは、奥さんに伝えた方がいいのだろうか?

 常識のないオレには、判断がつかない。
 やはり、○○さんに話すのが無難だ。○○さんなら、折を見て、伝えた方がいいと思えば話してくれるだろう。折というのは、大きな巡り合わせと奥さんの事情だ。それを察することができない者は、うかつには喋れない。だから、こうして書くことにした。

 これは作品ではなく速報だ。

 鳥が盛んに鳴いている。

 鳥の中には、こんなふうに直接云えない言葉を、空に向かって叫んでいるということがあるかもしれない。

(喜知次さん、おめでとうございます。
 それから、よく報せてくださいました!)

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