[暮らしっ句] 菊 1 [俳句鑑賞]
のどか編
一本を活けて厠も菊日和 鷹羽狩行
いきなりご不浄で恐縮ですが、こんなふうに小さくはじまる季節もまたおつなもの。
残暑ばかり意識されていたが、秋も真ん中なんだ……
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校長は今日も庭にて菊作り 西川よし子
庭=校庭と解釈しました。今どき、校長にもこんな自由はないかもしれませんが…… でもね、窓ガラス割って回るような荒れた生徒でも、丹精込めて作られた花を傷めれば、きっと心に残るものがあるでしょう。強い者への反抗と、弱い者への八つ当たりは違う。一見、のどかな菊作りも、指導要領にない大事なことかも。
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菊咲かす 床屋なつかし桂郎忌 大西八洲雄
子どもの頃に通っていた散髪屋さんを思い出しました。狭い路地にあって、表に花がたくさん飾られていた。地面にスペースはないんで壁面に掛けられたり吊されたり。
思えば、昭和の中頃までは、住宅街の路地にもたくさん店がありました。今も目に浮かびます。店だから記憶に残ってるのかも。新しい住宅だと、たとえ覚えていたとしても、思い出す糸口が無さそう。
この五十年、世の中は本当に豊かになったんでしょうか? 経済指標はまちがいなく大幅に伸びたわけですが、昔を思い出すと……
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菊まつり 谷中のどかに人集ふ 田中藤穂
繁華街のハロウィンとは違いますね。こんなところならわたしも出かけてみたい。高齢社会という割には、「のどかな」場所や機会があまりないような……。年寄はケチだから相手にされないのか、年寄り向けの商品やサービスが少ないからお金を使わないのか。
ちなみに、医療費にはお金を使うわけですからね。そのことで世の中がおかしくなってる面もあると思います。過半は対症療法だったり、逆に不健康になる「医療」「薬」だったりする気がする。
自分がやってきたから云うんですが、ノウハウのあるリーダーがいて、輪になって座談したり、体操したり、ゲームする機会があるだけで、どれだけ多くの人が腐らずに済むか……。
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都電通り 黄菊白菊 古本屋 花島みゆき
個人的な趣味での選句が続きますが……
東京にいた頃、かなり多忙で、でも古本屋にだけは立ち寄ってたんです。息抜きに。でも、本を読む時間はありませんから、立ち読みして買うだけ。
で、ある時、お金だけ払って商品を忘れてしまった。それを一ヶ月以上してから思い出して、ダメ元で店に行ったら、ちゃんと、とっておいてくださったんです。それもね、店主の机の平引き出し。つまり、一番すぐに出せる場所。うっかり者はわたしだけだったのかもしれませんが、うれしかった。
古い文庫本で安い本なんですよ。ワゴンセールだったかもしれません。小林秀雄の「近代絵画」。まだ二十代のはじめだったので本の内容もところどころ覚えていますが、それ以上に、その時の光景、午後の強い日射しのことまでありありと浮かびます。
最初に訪れたときにはね、店主は友達か馴染み客と雑談中で、それが役者談義だった。文学座とか、なんかあるじゃないですか。その舞台の話で、誰それの演技はなってない! ○○のほうが数段上だった、みたいな。わたしの育った環境では、そんな会話をする大人たちいませんでしたから、東京って、やっぱ文化レベルが高いんだなあ、とか感心して立ち聞きしていた。で、買った本、忘れたんですが~
なんてことを、この作品を拝見して思い出しました。俳句、おそるべし! 呪文みたい。思い出すというより、あの頃にトリップさせてもらえました。
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犬がゐて 小菊よく咲く駐在所 阿部ひろし
ははーん、犬の小便が良い肥料になったんだなあ、なんてことは云いませんよ。
世話好きのばあちゃんが植えたものかなとか。マメに水やりしている駐在さんの後ろ姿とか、その背景の田畑、山並み、木造のバス停…… 総合的に絵が思い浮かびます。
でも、やっぱり犬の小便効果も多少は……
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いっぺんに小菊が咲いて 猫日和 石橋翠
句集には「菊花展」とか見事な鉢植えを詠んだ作品が多かったのですが、ひねくれたわたしにはピンとこず、たとえ「満開」でも、こういうマイナーなのがいい。
地味な小菊が満開、場所はたぶん塀の内、でも、一番いい気候の頃で、時間帯は時が停まったようなお昼前後。たぶん悩ましい問題は何もない。庶民にとっては満ち足りたひと時。
そこで主が何を思ったかというと、「タマ(猫)よ、喜べ。今日の縁側は最高だぞ~」 これって無欲ですよね? 自分のことが消えてます。ということは、この瞬間、そこは極楽です。 素晴らしい。
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野路菊や 風が遊んでゐるばかり 近藤公子
この「ばかり」は、「たったそれだけしかなかった」という不足ではありませんね。「野路菊」と「風」が誰にも邪魔されることなく、水入らずで楽しんでいることに、よかったね、と云ってる。
そして、この句の幸福の半分は、そんな作者の心によるもの。
これがね、たとえば子どもだったとして、「勉強もしないで、あそんでばっかりいて!」と思ったとすればどうでしょう?
全部がうっとおしくなりますよね。量子力学ではないですが、観察者の及ぼすチカラは確実に存在する。
作者が心穏やかに「野路菊」と「風」を愛でたから、その瞬間、あたりが幸福に染まった!
出典 俳誌のサロン
歳時記 菊
ttp://www.haisi.com/saijiki/kiku1.htm