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[俳句ミステリー]古池は暗号だった!「芭蕉」其の三

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 ここは順序から云えば、『万葉集』の話になるところですが、芭蕉の話はどこへ行った? となりかねませんので、いったん芭蕉の話に戻します。

芭蕉は「ワキ」を目指した?

「ワキ」は、お能の「ワキ」です。
 芭蕉は「ワキ」を目指した……説は、わたしは安田登氏の記事で知りました。例によって、ごく大雑把に言えば、「ワキ」とは「ゴーストバスターズ」のような存在です。といっても戦いません。退治ではなく鎮魂。亡霊(「シテ」)に思いのたけを語らせて、その後、お経を唱えて成仏させるという役回り。
 お能の解説は他でご覧いただくとして、最低限のことを紹介すると、「ワキ」は脇役の意味ではなく、身体の脇。「前と後ろの境界」。前と後ろを「現在」と「過去」と云い換えると、わかりやすいかと。死者の世界とこの世をつなぐ役割が「ワキ」。
 芭蕉が各地の歌枕や能の演目の舞台を巡ったのは、それだけが理由ではなかったにせよ、「ワキ」を実践するという意味合いも大きかったようです。 ちなみに、全国を旅しながら歌を詠んだ最初の人は能因とされていますが、「能因」の名は出家してからの法名で、俗名は橘永愷(ながやす)といい、れっきとした橘諸兄の子孫。何となくゾワッとしませんか?

 話を戻します。
 芭蕉に詳しい方なら、そういえば芭蕉の墓は木曽義仲の隣にあったなとか、義経ゆかりの地も訪ねていたなとか「奥の細道」の終点(岐阜県大垣)は平将門ゆかりの地だったとか、思い当たる点がいくつもあったかと思います。「古池や……」が橘諸兄を詠んだものだという説も、その流れで考えていただければと思います。

 もちろん、もっと詳しい方なら、反証の例をいくつも挙げることができるかもしれません。わたしもこの程度の話なら世間話の域を出ないと思っています。それがどうした? と云われればそこまでの話。

それがどうした?

 どこまで出来るかわかりませんが、出来るところまで詰めてみたいと思います。

「ワキ」を目指した……ということですが、芭蕉は僧ではないので仏教の儀式は出来ません。その代わりに俳句を詠むわけですが、俳句で鎮魂は可能なのか?
 間接的な話になりますが、お能というのはおそらく鎮魂の演劇。お能の前身である猿楽には呪師(しゅし)猿楽もあるくらいですから、頭で考えた鎮魂ではなく一定の呪術が継承されていると思います。ですから、そんなお能に学べば、俳句で鎮魂を図ることも不可能ではないかも知れません。芭蕉一門が「謡」を必読書としていたことも付け加えておきます。
 ちなみに、そのお能が大いに参考にしたのが「歌」だったのですが……。

 つまり、俳句を詠むことで霊を鎮めることは方法論としては可能なわけですが、芭蕉のライフワークが鎮魂だったかというと、なんだか違和感を感じるんですよね。
 芭蕉にとって、俳句は手段だったか目的だったか……なんていうと、いたずらに問題を拡大させるだけかもしれませんが、その視点は大事で、「古池や……」の句が、橘諸兄のことを詠んだ句だとしても、それでは答えになりません。どういうつもりで詠んだのか? そこまで解き明かす必要がある。

「古池」は諸兄のことではないかと云っておきながら、こういうのもなんですが、「古池や……」の句には、「どうか静かに成仏なさって下さい」というニュアンスが感じられないんですよね。「まだ、生きてるよ」ですから。一般的な感覚だと、そこには思慕や同情のニュアンスはありません。
 まあ、ものすごく親しい関係だと、わざと乱暴な口をきくということもあるので、そっちの可能性もないわけではありませんが。

 橘諸兄に対して芭蕉がどんな思いを抱いていたのか……そこがわからなければ、「古池」=「諸兄」は「説」にもなりません。話にならない。
「古池」=「橘氏」、「橘氏に象徴される敗者の系譜」…… そんな風に拡大解釈すれば、当たってそうな気はするのですが、じゃあ「義経」と「将門」にどんな共通項があるのか? むしろ「源氏」と「平家」で水と油じゃないかとか。「橘氏」とも全然、重ならないじゃないかとなる。
 ただそこには「藤」は入ってないので「反藤原」というか「藤原氏に敗れた者たち」という共通点はあるかもしれません。
 しかし、芭蕉はれっきとした下層民であって没落貴族・武家の棟梁ではありませんから恨む筋合いがあったとは思えません。もしあるとすれば、それは一般には知られていない関係です。これだけ研究されている芭蕉に、そんな何かがあるのか?

 ちなみに、ネット時代になって「徳川の隠密説」が有名になりましたが、隠密であっても「反藤原」にはつながりません。

 逆に言えば、芭蕉に「反藤原」の何かがあることを示せれば、わたしの話も「仮説」っぽくなりそう。だいぶ方向性が見えてきたような……

つづく


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