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「探求」する学びを作る~社会とつながるプロジェクト型学習~

新年度が始まりましたね。皆様いかがお過ごしでしょうか。

私が勤務している学校では1日2日に教員研修があり、そこで国際教育の責任者としてワークショップなどを実施し、忙しくも充実した日を送っております。年度初めはどの職種においてもバタバタしますよね。

さて、ここ数回グローバル系、ヨーロッパ系の本の感想文を書いてきましたが、今回は私のフィールドである教育系の本を読んで思ったことを書きたいと思います。

個人的には、こちらの本は昨年出版された教育関係の本で、下記の「新・エリート教育」と同様に、非常に教育関係者に注目された一冊だと思っています。

教育関係者でなければ、「探求学習」と言われてもなかなかピンと来ないと思います。ここ数年教育界では「探求学習」の必要性が叫ばれており、2022年度からは高校の「総合的学習の時間」が「総合的な探求」に変わります。

なぜ、このように探求が教育界でトレンドになっているかというと、これまでの受動的な知識偏重の教育を改め、主体的に学びを深め、自律した学習者を育成しようとしているからです。「探求学習」についてより詳しく知りたい方はこちらのHPが参考になると思います。

このコンセプトは、私のnoteでも散々書いてきた通り、海外の教育ではある種常識的なものであり、私が理想とする教育の形でもあります。正直今更感がありますが、日本の教育が大きなうねりを上げて変化している証でもあり、全国の教育関係者が既存の教育スタイルを見直し、21世紀を生きていく人財を育成するために必要な教育を改めて考える良い機会になると考えています。

その探求学習を体現するアプローチ方法の一つがPBL(Project Based Learning)です。PBLについては、以前にこちらに書かせていただきました。

そのPBLにおいて、世界で最も有名な学校がカリフォルニア州サンディエゴにあるHigh Tech Highという学校です(以下HTH)。私はHTHに視察に行ったことがあり、その時のメモをまとめたものがこちらになります。

ここまで読まれて、もしまだ”Most Likely to Succeed"を見られていない方がいましたら、ぜひこちらから拝見していただければと思います。教育関係者なら「must watch」なドキュメンタリー映画だと思っています。

というわけで、いつも通り前置きが長くなりましたが、本書の感想に入りたいと思います。

本書の著者の藤原さとさんは、このHTHのPBLの手法を日本の教員たちに広めようと教員研修プログラムを日本で実施された方で、本書の内容も90%くらいはHTHの教育方針やアプローチの説明となっております。

私は”Most Likely..."を見ましたし、上述の通りHTHにも実際に訪れたことがあるので、HTHについてはそれなりに理解しているつもりでいましたが、本書を読んでその考えが間違っていることを実感しました。HTHが実践している教育は私が思っていたよりもさらに奥が深く、そして改めて探求学習の可能性を知ることになりました。

High Tech Highの4つのデザイン指針

これまでにもHTHが誕生した背景やその際立った教育理念などについては他のnoteに書いてきましたが、改めて自分の思考を整理するためにまとめていきたいと思います。

まずは、HTHの教育の根幹をなす4つの重要な指針です。

① 公正であること
② プロジェクトによる学びと人間的成長
③ 実社会につながる美しく真正な学びをする
④ 教師も協働し、学習する組織を実現する

①に関して、Equality(平等)とEquity(公正)の違いを知っておく必要があります。

生徒の半数以上が恵まれない家庭出身のHTHにおいて、教育の理念としてEquityが重要なのはよくわかります。

そして、前述の通り、HTHの教育を実現するのがPBLです。プロジェクトベースの学びを通して、生徒たちは「自分とは何か」という問いに向き合い、コミュニティの中で人間として成長を遂げるように促されます。プロジェクトにおける協働作業を、学年を超えた異年齢のチームで取り組み、その活動を通して、人を信じる気持ち、思いやる気持ち、相互理解などの非認知能力を身につけていくのです。

そして、私が常々学校教育の問題点だと思っているのが、学校の閉鎖性です。学校はあらゆることが学内で完結しており、生徒たちが実社会とのつながりを感じる機会はほとんどありません。だから、多くの子供たちは自分が社会に出た時そのギャップに戸惑いを覚えます。

例えば、今の学校では、理不尽な慣例や校則、非効率な学び(大量の暗記が求められるテストなど)やプレゼン発表と同時にゴミ箱行きになる成果物などが溢れていますが、実社会では肌着が白でなくてはいけないという理不尽なルールも、ゴミ箱行きとわかっているようなプロジェクトも存在しません。

HTHでは、「自分にとって意味があり」「友達や先生、学校にとって意味があり」「学校の外の世界にとって意味がある」学びがデザインされています。

そして教師も生徒とともに協働します。これはHTHに限らず、今の時代の教師は「Teach」ではなく、「Coach(教え、導く)」「Facilitate(あるべき方向に導く)」することが求められ、生徒とともに走る「伴走者」でなければなりません。また、教師は教師同士でも協働していかなければなりません。HTHではカリキュラムやプロジェクトを設計するにあたって決して一人では決めません。教師同士でカリキュラムをデザインし、時に生徒もカリキュラムデザインに加わります。そのようにして学校全体に「学び」の空気が醸成され、「学習する組織」として成熟していくのです。

High Tech Highでの学び

ここまでHTHの学びの前提となる指針について書いてきましたが、ここからはより具体的にHTHの学びについて書きたいと思います。

HTHでは、彼らの学びの中心にあるPBLを下記のように定義しています。

生徒たちが発表成果物・創作物・出版物を作って一般に公開するまでの一連のプロジェクトを、デザイン・計画・実行することで得る学び

そして、その学びを実現するための教師は以下のようなことが求められています。

・クラスの全ての生徒がその多様性を生かし、深く学びにかかわっているか確認する
・生徒が選択肢を持ち、主体的に発表会にかかわっているかを確認する
・生徒に十分な練習の機会と自由を与える
・生徒が高品質な発表をできるようにガイドする
・プロジェクトのポイントごとに適切な振り返りの場を設定する
・地域コミュニティや家族と適切に連携し、プロジェクトの重要性を内外に確認する
・発表会に来てくれた人に意味のあるプレゼンテーションになるように生徒を支援する

さらに、HTHではPBLを実施する際に以下の9つの要素で進めていくことを一つの「型」としています。

① プロジェクトの開始
② 本質的な問い
③ アイディア出し
④ 批評
⑤ 学習スキル・知識・学習態度
⑥ プロトタイプと修正
⑦ 発表会
⑧ 評価
⑨ 振り返り

これらを見ると、日本の一般的な学校教育とはかけ離れたもののように感じる方もいるかもしれませんが、それは我々の「学力観」が何十年もの間アップデートされていないからだと思います。「一生懸命暗記をして知識を詰め込み、テストで良い点を取ること」がゴールとなる教育では、上記のような視座にたどり着くのはなかなか難しいと言わざるを得ません。

恐るべきスピードで社会が変化している今、教育が変わらなくていいはずはないのです。だから我々も固定概念や常識にとらわれずに、新しい学力観を求めていかなくてはならないのです。

しかしながら、多くの方は、上記のようなPBLを中心とした学び方をしていて、本来身につけるべき基礎学力はちゃんと身に付くのだろうか疑問を呈するはずです。

”Most Likely ..."の中でもその点を指摘する保護者が多く登場するのですが、HTHはそのような懸念を驚くべき結果を持って払しょくしています。

HTHは、PBLを中心に据えながら、大学受験のパフォーマンスをも挙げるという、まさに「二兎」を追っているのですが、2018年時点で下記のような結果を叩き出しています。

・96%の生徒が(カレッジ以上の)大学に進学する
・80%以上の卒業生が6年以内に大学を卒業している
・38%がSTEM(Science, Technology, Engineering, Mathematics)をメジャーにした学部に進学している
・SATスコアが平均を超えている

上記のデータは、州、そして国のパフォーマンスを大きく上回っています。中でも大学の卒業率がこれだけ高いのは注目に値します。ご存知の通り、アメリカの大学は一般的に入るのは易しく、進級や卒業が難しくなっています。1年生から2年生に上がるにあたり40%の学生が進級できないというデータを見たこともあります。その中でHTHの卒業生は8割を超える生徒が大学を卒業しており、これはまさにHTHでのPBLを通して得た様々な経験と能力によるものだということがうかがえます。(加えて、およそ半数の生徒が経済的に厳しい環境の生徒だということを考えると、この結果はさらに重みを増します)

まとめ

というわけで、ここまでHTHの教育方針やそのアプローチなどについて書いてきましたが、様々な社会問題が存在するアメリカにおいて、教育現場の一つのソリューションとして認知されているのがPBLです。そのPBLを世界最高水準で実施しているHTHは、我々日本の教師をはじめ、世界中の教師たちが学ぶことがあるはずだと考えています。私もまだまだ勉強不足なので、これからもHTHをはじめとした日本や世界の先端を行く教育を実践している学校から引き続き学び、それを自分のフィールドで実践していきたいと思います。

最後に、私が敬愛する教育思想家ケン・ロビンソン卿で締めたいと思います。

人生において一番大事なことが、「自分の才能と情熱が出会う場所」を見つけることであるならば、まず教師がそのことに対し、真剣に取り組み、子供たちがそうできるように精一杯支援を行うことが必要だし、楽な方向に流れてはいけないのである。

(ケン・ロビンソン卿の下記のプレゼンは超有名なので、教育関係者の方は一見の価値ありです)

引き続き日々正精進します。


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