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これからの「正義」の話をしよう

あ、孫さんの話ではありません(す、すみません・・・)

10年ほど前に出版されたハーバード大学マイケル・サンデル教授の著書です。

当時高2の担任をしていた時にある女子が大学で哲学を学ぶかどうか迷っていました。その子は考えることが好きな子で、私は彼女に哲学科はぴったりだと思いましたが、彼女は「文学部、そして哲学科に入ることで、将来就職が厳しいのではないか」と不安がっていました。これって受験生あるあるですよね。『文学部=就職できない』みたいなイメージ。その時に彼女にこの本をプレゼントしました。「この本を読んで、本当に自分が哲学を学びたいか否かを判断しな。そして、〇〇学部に行ったから就職ができないとかいう考えは捨てた方がいい。就職するときに見られるのは、自分が何を学び、どんな経験して、何ができるのか、ということだ」と話したのを覚えています。

やがて3年生になり、その子は私のクラスではなくなりました。授業も担当していなかったので、1年間ほぼ話すことはなかったのですが、卒業式が終わった後にこっそりと手紙をくれて、そこには「先生がくれた本と言葉のおかげで自分が何をするべきかわかりました。ありがとうございました」というようなことが書いてありました。そんな思い出がある本書ですが、今回久しぶりにBookoffで見つけたので、読み返してみました。

ちなみに日本でもかなり話題になりました(NHKでやってましたよね)。その動画がこちら。長いです・・・。

『正義』ってめちゃめちゃ抽象的な概念ですが、サンデル教授はまず2004年にハリケーン・チャーリーが過ぎ去った後に起こった生活必需品の『便乗値上げ』の話を例として出します。「生活に必要なものを本人が納得する価格で買って何が悪い!」という許容派と「困っている人の足元を見た狡猾な商売方法で許せない!」という反対派が現れました。この場合一体どちらが『正義』なのでしょうか。ちなみに最近日本でもマスクの販売において同様の現象が起きていますが、そんな深い議論にもならずに、政府が「マスクの高額販売や転売はやめよう」って警鐘を鳴らしまして、騒動が終わりました。パチンコ屋騒動も同じかもしれません。パチンコをやりたい人とその人たちのために店を開けるパチンコ屋(本当は自分たちの利益のためですが)、一方ウィルス感染の拡大を憂い、彼らを非難する人々(自警警察まで現れる始末)。一体何が正義なのでしょうか。(個人的にはパチンコ屋など全部つぶれていいと思っています)

その『正義』の真意に迫るためには下の3つのアプローチがあるとサンデル教授は言っています。

①幸福の最大化(功利主義)

これは「最大多数の最大幸福」とも表現されます。イギリスのジェレミ・ベンサムがこの功利主義と呼ばれる考え方を体系化したと言われています。日本人はこの考え方大好きですね。学生時代を振り返れば名ばかりの民主主義として、学級会とか常に多数決で票が多い方が採択されていました(碌な議論をせずに)。この考え方の弱点は『個』が無視されやすい。言い換えると「弱者や少数派に光が当たらない」ことです。

前に麹町中の工藤校長(現横浜創英中高校長)が書いた本の中に、面白いストーリーがありました。体育祭の種目としてクラス全員リレーを実施するか否かというものでした。あるクラスでは、クラスのほとんどの生徒がクラスリレーをやりたいと言いましたが、ごく少数の生徒が「自分は足が遅い。クラスに迷惑をかけたくない」といって反対しました。普通に考えたらこの少数の意見は簡単につぶされてしまうのですが、麹町中が面白いのは、「行事は生徒全員が楽しめるものにする」というモットーがあることで、実際にクラスリレーは採択されず、生徒たちでみんなが楽しめる競技を行うことを決めました。定期試験や担任制の廃止ばかりが取り上げられますが、このような点においても先進的な学校だと言えると思います。

②自由の尊重(自由主義)

これは上記の功利主義の弱点を補うものでもあります。破格のマスクを買わないという自由や、ブラック企業に入ってしまったらそこを脱する自由。さらには受験対策をしっかりやってくれる学校が嫌なら情操教育に力を入れている学校を選ぶ自由。我々には『選択の自由』が与えられていますし、その自由が『正義』になるということですね。

③美徳の促進(道徳主義)

サンデル氏曰く「『善良な生活』の意味を追求しなければ、公正な社会は得られない」らしいです。正義と権利は社会制度と密接にリンクするアリストテレス的な思考の延長線にある考え方です。

世界ではグローバル化が進み、社会が加速度的に多様化する中で、さまざまな価値観を受け入れていく必要があるのは間違いないです。その中で個人の幸せを求めていくうえで、自分のアイデンティティの基盤となるコミュニティー(自分であれば、家庭であり、自分の生徒であり、そして地域、国など)の幸福を考えていく必要があります。その際に上に挙げた3つの観点を大切にして生きていきたいと改めて思いました。