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Story of Kanoso#10「あの男の押しつけを、止めてほしい。」/#一つの願いを叶える者

    大都市の彼礎かのそに向かう通勤電車の車内を、西から夕陽が照らし出していた。
そういえば、夕陽という単語を英語か何かにすると「Afterglowアフターグロウ」となるらしい。
どこかで聞いた名だ。5人組のユニットの名前だっけな。
…なんて事を一人考えている内に、電車は露地ろじ川を渡り切っていた。
線路脇に経つ建物が西からのアフターグロウを遮り、改めて私に蛍光灯の明かりを意識させてくれる。

福澄ふくすみ、福澄です。左側の扉が開きます。ご注意ください…」
地元の駅に着いた。
車内に人はまばらだが、その中を悠々と歩き、福澄駅のプラットホームに降り立つ。そして休む間もなく、階段を上って改札を抜け、地上に降りて自転車置場に向かう。

    風が涼やかになってきた頃だ。
自転車で住宅街を走るのは気持ちがいい。
私は複数市で彼礎大都市圏を構成するうちの福澄市に生まれ以来ずっと同市民。今はこの県の小都市・菜神なかみでゲーセンの店員をしている。
給料はいいほうだ。行きは大都市の彼礎と逆方向の小都市に向かうので、ガラガラの電車で快適通勤を享受できて悪くない。
帰りは彼礎在住学生の帰宅ラッシュに巻き込まれて一転、痛勤となるが。

     ただ一つ不満点を挙げるとしたら、嫌な同僚の存在か。
私の入社前から仕事を律儀にこなしていたその男は、私が新たに仕事を律儀にこなして店長から評価されるものだから、妬みを抱いているらしく、イヤミをぶちまけ続け、嫌な仕事も全て私に押しつけてくる。
押しつける際の「えっできるよね?」が口癖だ。
店内では「仕事ができる」との理由で優秀とされたその男に逆らいづらい環境が構築されていて、男のいない所で気にかけてはくれるものの、肝心の男の押しつけを止めようとはしない。

    かくいう私もその一人だ。
「急に言われても…」「今忙しいんで」など、押しつけを回避する台詞を繰り出せば「えっできるよね?ね?」と、とどめを刺されてジ・エンドだ。
当然、今日も彼のできるよね攻撃を喰らい、1人分の体でクレーンゲームとメダルゲームの不具合処理をさせられた。
「一度でいい。力をくれ、あの男を止めるための、または逃れるための力を」と何度願ったことか。

    一人考えながら自転車を走らせると、ふと白いもやが辺りを包みだした。

おかしいと感じるのに、時間はかからなかった。
すでに空からは秋のうろこ雲が消えていた。
そのおかしさを抱きながら自転車を進めていると、私は気づかぬ間にブレーキを両手で握りしめていた。
見ると、そこにはもやが人の形に濃くなって私の前に立ち止まっているではないか。

    もやから声がした。人の形をしたもやが動くのがわかる。
「貴方は選ばれました。貴方の願いを一つ叶えましょう」
「あん?」私の口から間の抜けた声が飛び出す。
「貴方の願いを一つ叶えましょう、と言っているのです。見返りなどは一切不要。一つの願いは複数の願いに変更できません」
「はぁ…」事態を理解できない。夢でもみてるのか。はたまた新手のドッキリか。

    とりあえず話の真相に迫ってみる。
「なんで私を」
もやは中性的な声でこう返してきた。
「それはお答えできません。ただ、願いを叶えるぞ、と言っているのです」
どうやら内緒らしい。
「さぁ、叶えたいものは何でしょう?」
もやが迫ってくる。
私は同僚の事を伝え、こう告げた。
「あの男を、止めるための力をくれ」
もやは「やれやれ」と言わんばかりのポーズをとった。
「私は“願いを叶える“と言っているのです。“何かをくれ“という要望は受け付けません」
多少、意味を履き違えていたようだ。
それを認識した私は先程の発言を修正して、こう告げた。

「あの男の押しつけを止めてほしい、という願いを叶えてくれないか…?」
すると、もやはこう語りかけてきた。
「あの男の押しつけを、止めてほしい。その田島たじまさんの、をということですよね?」
通った。
「そうだ」
「なるほど。叶えて差し上げましょう」
そう言い残すと、もやは薄くなって辺りのもや共々消えていった。
頭上に闇夜の空が広がり、前方には駐車場の看板が光っていた。

    次の日、私はゲーセンの店員として、店内を巡回していた。
例の田島がやってきた。
「あっ葉月はづきく~ん」
来た。私は腹を括って田島との会話を始める。
「何ですか」
「このお客様をちょっとだけ頼むよ。じゃ!」
全身白ずくめの姿をした客がいた。
外観は中性的で、男女かの判別ができない。
田島は、この客を私に引き渡してきた。
「あっちょっと!今日はさすがに…」私が不満を訴えた時だった。
「田島さん。こんな真似はやめましょう。これからも大切なお客様を無視していれば、良い店員にはなれませんよ」
田島は意表をつかれたようで固まり、あわててこう返した。
「これはこれは失礼しました!それではここからも私がご対応しましょう!!」
田島は客の側に寄り、対応を始めた。
去り際、客はこう私に話してきた。
「貴方の願いは叶えました」
2人は店内に消えていった。

それ以来、その客は来なかった。
願いといえば、私が思い出すのはあのもやだけだ。
「…まさかね。あのもやが姿を変えた、なんてね」
私はそう呟いた後、音ゲーのコーナーに歩みを進めた。
あの客の正体は、未だわかっていない。

(了)(2170文字)


この作品はフィクションです。
実在する人物・地名・団体等とは、一切関係ありません。



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