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トマさん劇場#24「描いた夢と描かれた現実」

「中島からか…」
地方中枢都市、新零しんれい彼礎かのそみなみ区に住む俺の元に、隣県のレアビデオ・DVD仲間からやってきた宅急便の中には、古びたVHSテープが入っていた。
「んと…なになに?“メトロギア・ドリーム“、“昭和63年2月 新零県都市開発局シーサイド・メトロギア開発推進チーム“?」

いつも送られるマイナーアニメ、マイナーテレビ番組の類とは明らかに違うこのビデオ。
中島に詳細を確かめる。
なんでも「(今、俺が住んでいる)新零県彼礎市に、2003年開業した人工島・「シーサイド・メトロギア」について、1988年当時の県が作成したプロモーションビデオ」だという。
「県が100本程作ったらしいものの、いざ島の建設が始まると、実情とあまりに異なるとかでお蔵入りにされた」という訳アリのビデオらしい。

その話を聞いて俺は俄然興味が沸いた。
今は少し古いものが流行っているというじゃないか。
ましてやバブルの頃にたてられた「海上人工都市」の計画にまつわる映像なんて、今とどれだけ違っているかが面白い。
ましてや訳アリ。これはレアビデオ・DVDマニアの俺が見ない理由はない。

早速自宅のビデオデッキに「メトロギア・ドリーム」をセットして、再生ボタンを押した。
さぁ、そこには何が映っているのか。

「メトロギア・ドリーム~未来の新零県のすがた~」

ナレーション)『みなさんは、「未来の新零県のすがた」を考えたことはございますでしょうか?

今後、日本がますますの経済成長を遂げると、東京などに集約していた都市機能の分散化が求められるようになります。
もしそうなった場合、この新零県は一体どうなってしまうのでしょう。

県都である彼礎には高層ビルが林立し、見かけには華やかにみえるかもしれません。
しかし、交通量の増加により、公害や渋滞が発生したり、自然環境が危機にたたされるかもしれません。
仮に、新都心となるものを県内のどこかに置いたとしても、それこそ、自然環境の破壊や、住宅地の減少による人口減少、ひいては過疎化に繋がりかねません。

では一体、どうすればよいのか。
私たち新零県では、一つのアンサーとして、「海上に新たな都市を作る」ことを提案します。
場所は彼礎市湾岸部の彼礎湾上。
ここに、おおよそ27平方キロメートルの人工島を、昭和67年度から74年度(俺による注記、以下同:1992年度から1999年度のこと。)にかけて建設、ここに新たな住居機能、商業機能を備えた都市を設けます。
私たちはこの未来都市を「シーサイド・メトロギア」と呼んでいます。

アクセスは現在の彼礎市丸前まるまえ町、磯末いそずえ町(のちの彼礎市湾岸わんがん区丸前・北丸前、1997年に区制が施行されて、地名がかわっている)から連絡橋を敷きます。
また、三陣通さんじんどおり町(のちの西にし区三陣町)にある彼礎バスセンター(のちのHUB Kanosoハブ・カノソ)からは直行バスも運行し、都心からのアクセスも確保します。

この「シーサイド・メトロギア」には、完成、街開き後の昭和78年度(2003年度)に、およそ数万人の住民を抱え、市内や県内からの来訪者数は一日数千人規模となる、まさに新都心にふさわしい魅力が詰まっています。

さて、このビデオをご覧いただいております、県民の皆様は、「シーサイド・メトロギア」にさぞ、興味関心がわいてきたのではないでしょうか。

そこで、ここからは、そんな「シーサイド・メトロギア」に暮らす、一人の県民の生活を描いたドラマをご覧いただきましょう。
それはまさに皆様が、私たちが描く“夢“なのです』

ドラマ「ライフ・オブ・メトロギア」

私は山田太郎(やまだ たろう)。
シーサイド・メトロギアが街開きした昭和75年(2000年)、彼礎からこの町に家族一家で移り住んだ。

移り住むことになったきっかけは、今まで住んでいた彼礎よりも、“ゆとり“のある町だと感じたからだ。
これからの時代には“ゆとり“が求められる。
その時、今の彼礎のような町では、ゆとりなど得られない。
子供のたつやとかおりにもいい環境をあたえられないと思い、父親としてこの町に移り住んだ訳である。

結果は大成功だった。
マンションの下には大きな公園が広がっていて、いつでものびのびと遊べる。
夏になったら海がすぐそばだから水遊びもし放題だ。
こんな環境、今までにはなかった。
それ以外にも、私の周りにはどんどんと“ゆとり
“が増えていった。
一体どんなゆとりなのかって?
それはこれから流れる私の暮らしぶりをみて知ってほしい。

朝6時。
「♪~」「う~ん」機械的なアラームとは違う、心地よいメロディーから私の一日は始まる。
ベランダからは清々しいまでに青い、空と彼礎湾が眺められる。

「おはよう、あなた」スーツに着替えて、妻の花子がいるベランダに向かうと、新鮮な料理が並んでいた。
「今日は鮭のムニエルと、ミートソースパスタか!」
「うふふ、だってあなた今日は大事な商談の日でしょう?大好物で頑張って貰わないとね」
「ありがとう、花子」
花子もここに来てからはゆとりを持っている。

料理は週一、宅配で届く新鮮な材料を使って、美味しい物を作れるから、買い物に行かなくてもいいのだ。
「今日の料理、オススメの献立は…」地域密着のミニラジオ局(2003年~2021年営業)が毎日おすすめメニューを教えてくれるから、献立にも困らない。

朝食を済ませると、出勤までまだ時間がある。
今までなら職場へもう行かなくてはならず、満員電車での通勤が嫌で仕方無かったが、こっちに来てからは巡回バスでオフィス地域までらくらく、“ゆとり“のある通勤ができている。
文字多重テレビで最新情報をチェックして、出勤時間が来た。
「あなた、頑張ってね」
「あぁ。行ってきます」
マンションを出て、地上に向かった。

職場も私の移住してからまもなく、この町に移った。
やはり環境のよさと、海上に移設された(2019年に移設工事がやっと始まった)新零空港へのアクセスの良さが決め手になったらしい。
空港へのアクセスがいいと、日本中へのアクセスが便利になる。
これも新都心の魅力ではないだろうか。
巡回バスが来た。電気で走り、環境にも優しい。
道は程よく流れており、歩道橋の整備とガードレールの整備で交通事故とも無縁だ。
これに乗り、オフィス地域を目指す。

しばらく走って、オフィス地域の、私の勤める会社が入るビルについた。
最新の耐震設計と浸水対策で万一の時も安心だ。
「おはようございます」仲間が声をかけてきてくれる。
「おはよう」それに対して、元気に返す。

仕事はテレビ電話を活用して、リモート化されている。
通信環境も整えてあるから、最新のパソコンや電話も用いて、世界中どことでも繋がることができる。
仕事をさくっと済ませたら、気づけばお昼休み。
私は同僚とお昼ご飯をとりに、近くの店へ向かった。

「イラッシャイマセ」
お昼時でにぎわうこの店は店員がおらず、全自動で調理、接客をしてくれる。
「山田は何にするの」
「う~ん…のり弁かな~」
注文を決めたら、インターホーンで機械に伝えればよい。
「すいません、のり弁とから揚げ弁当1つずつ」
「カシコマリマシタ、600エンイタダキマス」
「これで」
サッとクレジットカードを取り出し、機械によませる。
この町では、これを銀行口座とひもづけるだけで、なんだってできる。
先程の巡回バスも、日々の買い物も、レジャーもこれ一つだ。
小銭を探す手間もなく、ゆとりのある毎日を過ごせている。
「オマタセイタシマシタ」
弁当がコンベアにのって、受けとり口に出てきた。
機械が作ってくれるから、衛生面の心配は何一ついらない。
弁当を受けとると、同僚はこう切り出してきた。
「今日は天気もいいし、外で食べないか」
「いいな!そうしよう」
ビルの根元のあたり、つまりは地上に設けられた公園で弁当を食べる。

私は食べながらこう聞いてみた。
「なぁ、お前もここに来てから変わったな。」
「あぁ、苦労して満員電車に乗ったり、第一人混みに巻き込まれる感じがなくなったっていうか」
「そうだな。車の数も少ないし」
実は、車の数が少ないのにも訳がある。

この町では県警による交通状況監視システムが稼働。
これで最新の交通状況を監視し、コンピューターにより渋滞を予測。
それに応じて交通量の少ない時間に車を誘導することで、朝夕の通勤渋滞を抑えているわけだ。

「ゆとりって大事だな~」
「そうだね、山田」
「おっと、もう仕事に戻らなきゃだぞ」
「よし、絶対成功させような!商談」
「あぁ」
色とりどりの花が咲く公園から、私達は全館空調で快適なビルへと入った。

お昼、いよいよ商談が始まった。
相手はアメリカの商社。
ここに、わが社の新製品をテレビ電話で売り込みにいく。
「Hello,I'm glad to meet to you today…」
商談もテレビ電話とパソコンのお陰でバッチリ進む。
「Thank you!…」
商談は成功した。
満足していると、もうすっかり退勤時間だ。
私はタイムカードを押して、ビルを後にした。
巡回バスで家に帰る。

巡回バスの窓から眺めるシーサイド・メトロギアの町並みは、光輝いている。
これらに使われる電気はすべて、再生可能エネルギーで賄われているのだ。
太陽光発電、水力発電、風力発電などの発電方法で発電された電気を用いていて、この町の周りにも風力発電機が、全ての建物の屋上には太陽光発電のパネルが、また、地下にて、ゴミの収集に活用される流水パイプにも水力発電機がつけられており、まるで町が巨大な発電所になったかのようだ。

家に着くと、花子と子供たちが出迎えてくれた。
「ただいま~」
「あら、おかえりなさい」
「パパ~風邪がなおったよ!」
「おっ、そうか。良かったな~!」
「遠隔診断ですぐにお薬が届いたから良かったわ」
これもシーサイド・メトロギアの利点だ。
医療面では遠隔でどの家庭も病院と繋がり、すぐに適切な治療を受けることができる。
また、治安の面でも、不審者は町中の監視カメラで把握され、カメラのプリント画像を証拠にすぐに捕まる。
安心できる町だ。
「さぁ、今日の夕食はハンバーグよ~!」
「やったやった!」
「ほ~らたつや、ちゃんと、"いただきます"をしてからだぞぉ~」
「はぁ~い」
ハンバーグも宅配の新鮮な食材を元に作られているから美味しい。
ふと、花火の音がした。
「きれい…」かおりがつぶやく。
「そういえば、今日は花火大会の日だったわね」
「そうだな。…きれいな花火だ」

「俺たち、ここに一家で来て良かったな!」
「うん、毎日にゆとりが持てて楽しいんだもん」
「ぼくも~!」「わたしも~!」
「ハッハッハ、そうかそうか」

シーサイド・メトロギアでの、私達のゆとり溢れる暮らしは、まだまだ続いていく。

「ライフ・オブ・メトロギア」/完

ナレーション)『いかがでしたでしょうか。太郎の“ゆとり“にあふれた暮らし。
皆さんも将来、働き盛りになると、ふと“ゆとり“を感じたくなる日がやって来ることでしょう。
そんな時にこの「シーサイド・メトロギア」は、県民の皆様に必要な"ゆとり"、そして夢のある暮らしをご提供します。

ここまでご覧いただきまして、ありがとうございました。
この「シーサイド・メトロギア」につきましての詳しい資料は、県庁や各公共施設にて無料配布中でございます。
また、郵送も承っております。
所定の収入印紙をご同封の上、「〒49X 新零県彼礎市本櫓もとやぐら町1-1-1 新零県都市開発局シーサイド・メトロギア開発推進チーム 『パンフレット』係」までお気軽にご希望ください。

ゆとりと夢のある、豊かな未来へ。
県民の皆様には、この「シーサイド・メトロギア」に関しまして、一層ご理解を頂きますよう、何卒よろしくお願いいたします」

「メトロギア・ドリーム~未来の新零県のすがた~」/完

企画・制作・著作/新零県都市開発局シーサイド・メトロギア開発推進チーム
昭和63年2月

およそ30~40分程のビデオはここで終わった。

想像以上だった。今のシーサイド・メトロギアとの違いが。

そもそも、あの映像の制作後、1990年7月の県議会で正式に建設が決議され、いざ建設となった後にバブルが崩壊。
計画は大幅な縮小を余儀なくされた。

「自動弁当店」や「流水でのごみ収集」、「町中監視カメラ」なんてのはビデオから34年間たった未だに実現していない。
一方、「食材の宅配」は生協が実現してくれ、「ミニラジオ局」も実現した。
「文字多重放送」は地元テレビ局のNHK新零の協力で実現するも、2011年に終了。
「交通状況監視システム」は若干形を変えて県内全域で実現。
また、「電気巡回バス」「太陽光発電」「風力発電」は近年になってどれも実現。
「水力発電」「遠隔医療」も一昨年辺りから実証実験が始まり、実現までもうちょっととなっている。
中でも驚いたのは「リモート化された職場」。
ここ数年、感染症の影響でリモート化が全力で促進され、世界中どことでも、あのビデオのような、いや、それを越えるかのような利便性をもって仕事ができる。

また、ビデオの中に出てきていた、町の様子も今とは全く違う。
ビデオではどこか、無機質な白や銀色の箱が多数組合わさっているような感じだったが、現実ではより曲線的な、さまざまなデザインの建物が建って、町はドバイや、アニメに出てくる「見滝原」の町みたいな美しさで世界中に知られる程になった。
歩道橋も数は少ないものの整備中。
そしてガードレールは緑化にも配慮した植え込みに変えられた。
さらに県道路公社が民営化直前の道路公団と手を組み、二十にとう自動車道と南二十自動車道を繋ぐ「シーサイド・メトロギアバイパス」なる有料道路まで作ってしまい、二十地方各地からのアクセスが向上、これでビデオで憂慮されていた「彼礎市街の交通渋滞」が若干ましになったこともある。
環境対策による公害の減少も言うまでもないポイントだ。

また、もっと大きな変化は、街開き後の2010年から「島」を南北に2つ増設する工事が始動。
今ではもはや、シーサイド・メトロギア自体が彼礎市から独立して、一つの町になっているかのようだ。
さらに2022年現在では、さらに離れた位置に大きな「島」を作り、現在彼礎港周辺に集まっている工業機能と港をまるごと移した「シーサイド・ファクトロギア」を作るという計画まで出始めている。

まとめに入ろう。
描いた「夢」は、描かれた「現実」と一緒になるか。そんなものは誰にもわからない。
大きく外れるかも知れないし、大きく越える形で結局、一緒になるかもしれない。
あるいは一緒にならなくとも、急に時代が追い付いて一緒になるかもしれない。

今回のレアビデオ鑑賞は、そんなカッコいいようなカッコ悪いのかよくわからない、微妙な言葉で締め括られた。
俺はLINEで「次はたった3ヶ月で打ち切られた幻のテレビ番組『飛んでけ海ピョーン』のテープを送ってほしい」と中島に送り、自宅のあるぼろアパートを出た。

まだ午後3時だ。
今日は仕事のインテリアコーディネーターの仕事で手にいれたお金がある。

HUBから出ている直行バスでシーサイド・メトロギアに行こう。
商業施設の「PORT metrogearポート・メトロギア」でご当地アイドルのライブを見て、その後に晩御飯のコンビニカレーを食べよう。
ビデオに出てきた花火大会と、ビデオには無かった「二十電力パワーサービス シーサイド・メトロギア第一太陽光発電所」の太陽光パネルを眺めながら。

(了)(6243文字)


この作品はフィクションです。
実在の人物・地名・団体等には一切関係ありません。


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