突然ショートショート「帰りたい場所の話」/青ブラ文学部
帰りたい場所の話をしよう。
毎日を楽しく過ごしていられるのは、帰りたい場所があるからだという話を聞いたことがある。
どこで聞いた、とないう訳ではなく、今思えば何かのCMだったような気がする。
だとしてもあれはいい言葉だった。そうでもなければ数年も私の脳裏に残ることはないだろう。
さて、今日も私はとある大企業の一員として、日々汗を流しながら働いている。
いつも遅くまで働いているので、帰るのはだいたい夜の9時ぐらいとなる。
毎日仕事をしていると、あるとき急にやる気がなくなってくることがある。
無性に帰りたくなってくるのだ。
今日もそんな気分。退勤時間まではまだある。
こんな時は、家で待ってくれる推しの顔を思い浮かべる。
顔といってもフィギュアの顔なのだが、それでも気分は結構紛れる。
「あの、顔が…」
「ん…?……あ、ごめんなさい」
ただ、気づかぬうちに表情が私の想像を超えることになっている場合があるので、注意が必要だ。
次は私の表情が変わらないように気をつけて思い浮かべる。
こうしていると、中々うまく時間が過ぎるのだ。我ながらこれは素晴らしいことだと思い、それで満足してもう少ししのぐ。
すると、退勤時間がやってきた。
会社の入るビルを出て、駅の改札をくぐり、電車に揺られる。
あっという間に最寄り駅へ着いたら、あとは改札を抜けて自転車を一こぎすればいい。
今日も「帰りたい場所」へと、無事にたどり着けた。
小さなマンションの一室。
待っていたフィギュアの顔をちらっと見ながら、靴を脱いで居間へと向かう。
この瞬間があるから、私は毎日を楽しく過ごせるのだ。
(完)(661文字)
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