見出し画像

「近くへ、ゆっくり」を生み出していく。「TAKANAWA GATEWAY CITY」が考える次世代モビリティとは

JR東日本は、3月11日、12日の2日間で、自動走行モビリティおよび移動体験を通した街の回遊性の向上についての実証実験を、ウォーターズ竹芝にて実施しました。
 
今回は、同実証実験の内容をご報告するとともに、「100年先の心豊かなくらしのための実験場」を掲げる「TAKANAWA GATEWAY CITY」が、なぜ「次世代モビリティ」の実証実験を続けているのか。そして、わたしたちJR東日本の「次世代モビリティ」がどのような考え方にもとづいているのかを、JR東日本の島川えり子がお伝えします。

島川えり子
JR東日本 マーケティング本部 まちづくり部門 品川ユニット(共創推進)
ブランディングプロモーション、ホテル、共創事業創出、モビリティ等を担当。


「時速5km」での実証実験

本実証実験は、高輪ゲートウェイ駅周辺で開発をすすめるTAKANAWA GATEWAY CITYでのモビリティサービス提供に向けて、低速小型モビリティを展開するゲキダンイイノ合同会社さまの協力のもと実施されました。
 
一般のお客様を対象に体験いただいたこの実証実験では、時速5kmで移動する自動走行モビリティ「iino type-S712(イイノ タイプ エス 712)」に搭乗。ウォーターズ竹芝「プラザ(芝生広場)」に複数設置したモビリティスポットを経由し、レストランやショップの多い商業エリアとエンターテインメント施設の多い文化エリアとを結ぶ約300mを移動します。
 
搭乗中は肩掛けスピーカーを通してアトレ竹芝の店舗情報や水辺空間の魅力を聴取しながら移動を行うことで、スポットの魅力をより深く知り、またこれから向かうスポットへの期待感を醸成する狙いがあります。
 
また経由地のひとつであるコミュニティスペース「SHAKOBA(シャコウバ)」には、自動走行モビリティに乗車したまま入店。飲食や音楽などのエンターテインメントを体験したのちにスタート地点へと戻り、体験は終了となります。

歩行者の共存と、行動変容を促す移動体験への試み

約9.5ヘクタールの敷地面積を有するTAKANAWA GATEWAY CITYは、もともと車輌基地であったこともあり、南北1.1kmに伸びたデッキネットワークでの移動が中心となります。
 
あたらしい街には、展示施設やホールなどを有する文化創造棟など、街に立ち寄った方々がより楽しみ、新しい発見をすることができる空間が備わります。高輪ゲートウェイ駅で降りた方々が、そうした場所にふらっと立ち寄るためのひとつの移動手段として、回遊性向上に繋がる新しいモビリティを街のなかに導入する必要があると考えました。
 
竹芝のような港に近い水辺のエリアは、広い敷地のなかで各スポット間の距離が遠く、歩きながら回遊することが難しいという課題を抱える傾向にあります。あたらしい街で想定される移動の課題が共通するウォーターズ竹芝を「仮想・TAKANAWA GATEWAY CITY」として捉え、「自動走行モビリティと歩行者の共存性」「搭乗者の行動変容を促す移動体験の有効性 」に焦点を置いて検証しました。

前者については、歩行者や障害物をきちんと回避して衝突しないか、モビリティによってその他の歩行者の邪魔にならないか、あるいは導線を崩さないか、といった観点での検証となります。街のなかに固定的に設置されたものだけでなく、荷物の放置や人間の突発的な動きも、特に広場の場合は考えられます。かといって、モビリティのセンサー感度をタイトにしてしまうと、急な反応などで乗車体験が損なわれてしまう。今回の実証実験においては衝突などはありませんでしたが、継続して検討・改善していく必要があります。
 
また、後者については、商業エリアと文化エリア間の移動およびモビリティスポットでの体験を通じて、アトレ竹芝の店舗やおすすめ商品情報、水辺空間の魅力を伝えることにより、搭乗者のうちどれくらいの方が実際に店舗や水辺を訪れようと思ったか、また、おすすめした商品を購買するなどの行動変容にいたったか。つまり楽しい移動体験になっていたか、という観点で検証を行いました。歩いただけ、通り過ぎただけではわからない場所の情報や文脈を移動中にどのように体験してもらうか、また「ちょっと行ってみようかな」という歩行者の発見やその先の行動変容に繋がるものを、押し付けがましくない、自然なかたちで提供できるかを試行錯誤しています。結果的に、実験後のアンケートでは、紹介した場所への訪問意欲の向上が見られたほか、約9割の方が「施設の新たな魅力発見につながった」と回答するなど、今回のようなモビリティの導入による回遊性、街の魅力促進に一定の効果があることがわかりました。

近くへ、ゆっくりと

ご協力いただいたゲキダンイイノさまは、「好きなときに乗って、好きなときに降りる」をコンセプトに、早歩きの歩行速度に相当する、自由に乗り降りしやすい「時速5km」で移動する低速自動走行モビリティを展開しています。各地点を結ぶ輸送能力だけでなく、その過程で寄り道をしたり、あたらしい街や風景の見え方を知ることでにぎわいを創出する移動体験を目指して「歩行者と共存するモビリティ」を開発する同社は、TAKANAWA GATEWAY CITYが考えるこれからの次世代モビリティのあり方と一致します。

これまでのモビリティとは、いかに遠くへ、速く、正確かつ効率的に目的地へと辿り着くかを命題に発展を遂げてきました。わたしたちJR東日本も、鉄道ネットワークを張り巡らせ、こうした命題に向き合いながら技術やノウハウを蓄積し、「行きたかったけど行けなかった」を解決する移動手段を実現してきたと自負しています。
 
同時に、より近い、ラストワンマイルでの「行きたかったけど行けなかった」という課題に対して、まだまだできることがあるのではないかとも思うのです。わたしたちのアセットを活かして、「近くへ、ゆっくり」というアプローチで新しい都市空間の移動を提示する。それによって街や地域における移動の課題を解決し、ひいては日本全国、世界が抱える課題のヒントとなる。これがTAKANAWA GATEWAY CITYの「次世代モビリティ」の中心にある考え方です。
 
わたしたちは、数年前からこうした次世代モビリティの考えに立って実証実験を積み重ねてきました。例えば、高輪・白金エリアで実施した、時速20km以下で低速走行する「グリーンスローモビリティ」の実証実験がそれにあたります。同エリアは東西方向への移動手段や周辺にスーパーマーケットが少なく、また港区5地区の中でもっとも高齢化率が高い地域です。さらに、バスなどの公共交通手段では入れない狭隘な道や坂道の多い移動困難区域でもありました。こうした課題から、歴史的な名所などの点在する地域資源を活かしつつ、あたらしい街の周辺地域の生活拠点と交通拠点を繋ぐ、近くに、ゆっくり行くための、列車やバスに代わる交通手段を検討するために実施したのがグリーンスローモビリティの実証実験です。そうした取り組みのなかで、今回の「時速5km」でのモビリティとは、さらにミクロな「街のなか」での「行きたかったけど行けなかった」にアプローチするための実証実験なのです。

「ひとが合わせるモビリティ」から「ひとに合わせるモビリティ」へ


駅が街の特色をかたちづくってきた側面をもつ東京の都市開発の均一化が進み、街ごとの個性を失わせているというご指摘もあるなか、これから開業するTAKANAWA GATEWAY CITYにとって重要だと捉えているのは「時間軸」の違いです。高輪ゲートウェイ駅の隣駅である品川駅周辺は東京のビジネスの中心地であり、非常に時間の流れが早い街でもありますから、あたらしい街はよりゆったりとした時間が流れる場所でもあってほしい。品川の隣に位置しながらも、歴史的情緒の溢れる名所が点在する高輪エリアは、そうした意味でもユニークな場所であると考えています。
 
長距離での速達性というこれまでの鉄道の価値をさらに高めていきつつ、これまで結んでこなかった点と点を繋ぎ、さらには移動そのものの楽しさも見出していくことで、駅を起点にして街の価値観が街の外へと滲み出し、個性となっていく。そのための、歩行者と共存し「近くへ、ゆっくり」を実現する移動体験は、従来の「ひとが合わせるモビリティ」から、「ひとに合わせるモビリティ」への転換でもあります。これはJR東日本にとってまったく新しい挑戦となりますが、都市、社会にとって非常に重要なモビリティの価値軸となっていくはず。この新しい価値に向けて、「実験場」を標榜するわたしたち自身が、まずチャレンジを続けていきたいと考えています。
 
取材・構成:和田拓也
撮影:山口雄太郎
ディレクション:黒鳥社



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?