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日本初「駅ホームの診療所」が目指す、新しい医療プラットフォーム

このnoteでは、JR東日本がすすめる高輪ゲートウェイ駅周辺一帯を対象とした「TAKANAWA GATEWAY CITY(高輪ゲートウェイシティ)」のまちづくりの背景やプロセス、理念を発信しています。
 
今回は、2022年に西国分寺駅のホーム上に開院し、阿佐ケ谷駅・東京駅・上野駅に拡大、今夏には仙台駅にもオープン予定の「スマート健康ステーション」をご紹介。JR東日本がなぜエキナカにクリニックをつくるのか。そして、TAKANAWA GATEWAY CITYをハブにして日本各地に広げていく新しい医療の姿とはどのようなものか。西国分寺駅と阿佐ケ谷駅のスマート健康ステーションを運営する「あおい内科」院長 桑井太郎さんと、JR東日本の丸山奈々がお伝えします。
 
なぜ、駅ビルの1階に病院がないか
 
──まず、スマート健康ステーションの概要について教えてください。
 
丸山:「交通の拠点」という従来の役割を超えて、生活起点となる機能を駅に付加して人々の生活を複合的に支えるプラットフォームへと転換していく。このJR東日本が掲げる「Beyond Stations 構想」のもと医療機能を実装していくための試みが「スマート健康ステーション」です。

通常の対面診療に加え、診療所内に設置されたオンラインブースを活用することで、複数の診療科による総合的な診療をオンラインで受けられるハイブリッド型クリニックとなっています。
 
──駅ビル施設内に併設されているクリニックはこれまでもあったと思いますが、どのような考え方の違いがあるのでしょうか。
 
丸山:もっとも大きな違いは、生活導線上に限りなく近い場所に医療機能を実装するという考えにもとづいていること。西国分寺駅や夏開業予定の仙台駅では改札内に、阿佐ケ谷駅では改札横に診療所を開設したのはそのためです。

丸山奈々:東日本旅客鉄道株式会社 マーケティング本部 まちづくり部門 品川ユニット(共創推進) 「スマート健康ステーション」やTAKANAWA GATEWAY CITYにおけるクリニックエリア開業準備などヘルスケア領域を担当するとともに、ビジネス創造施設の企画・開業準備等も担当

丸山:これまで、駅の交通以外の機能は商業中心の傾向がありました。商業施設は回遊性が重要になりますし、また医療機関は基本的に症状が出たときにお客さまが能動的に調べて足を運ぶため、自然と商業が低層階に、クリニックは比較的上の階に位置することが多くなります。西国分寺駅のあおいクリニックも、もともとはコンビニが入居している場所でした。

──しかし「生活のプラットフォーム」になるには、商業だけでは十分ではない、と。
 
丸山:そうですね。JR東日本の強みを活かした、お客さまが本当に必要なかたちでの医療の提供のしかたを考えたとき、質を下げることなく短時間で受診できる、生活導線上にあるエキナカの診療所。それがわたしたちの答えでした。
 
エキナカの医療への、桁外れのニーズ

──実際に運営を開始して、どのような患者さんが多いのでしょうか。
 
桑井:やはり、20代から60代までの働く方々が非常に多いですね。そのなかでも特に、急性期の診療と予防の需要が非常に高い。例えば、年末期の患者数は月に3000人から3500人ほどで、これは都内にある内科クリニックの来院数の約3倍近いと思います。10〜12月でのインフルエンザワクチンの接種者数は、当医療法人が運営している阿佐ケ谷駅、西国分寺駅だけで約4500人にのぼります。代々木上原にある本院は単体医療機関として渋谷区で来院患者数がかなり多いクリニックなのですが、それでもインフルエンザワクチン接種数1000人台です。
 
──桁外れに多いですね。
 
桑井:スマート健康ステーションの重要なコンセプトは、平日の日中に医療機関にかかることができない、働く方々に適切な医療ではあってもクイックに医療を提供することです。これは、基本的に内科のクリニックが想定していないマーケットです。なぜなら、病気にかかるのは一般内科に対しては高齢者が多いからです。しかし、実際にはこれだけのニーズがある。つまり、クリニックに行く時間がないだけなのです。

桑井太郎:医療法人社団創青会 理事長。「よく聞く、わかりやすく説明をする」を原点として日々の医療に取り組み、 また新しい医療モデルを創造し医療事業の再定義により医療課題解決に取り組む医療法人。2010年に代々木上原に「あおい内科」を開設後、2020年に「あおい皮膚科-駅ナカ上野毛-」、2022年「あおいクリニック-駅ホーム西国分寺-」、2023年阿佐ケ谷駅に「あおい内科-エキナカビーンズ・阿佐ヶ谷-」を開設

丸山:スマート健康ステーションでインフルエンザのワクチンを打つとなると、クリニックに入って会計が終わるまでの時間は平均約15分です。西国分寺駅の武蔵野線の本数は10分に約1本ですので、中央線と武蔵野線の乗り換えを1本見送るだけで済みます。そうした利便性からある程度のニーズは考慮していましたが、治療と処方薬の途絶が起きない、生活導線上の医療を求めている方々がこれほどまでに多いのかと驚きました。

リアル&バーチャルのハイブリッド型総合クリニック

──スマート健康ステーションのオンラインの診療の独自性はどのようなところにあるのでしょうか。

桑井:まず、患者さんが自宅などから受診する通常のオンライン診療では提供できない医療機材を、オンラインブースの中で提供できることです。皮膚科の診療であれば、必要に応じて皮膚観察用のダーモカメラで患者さんに撮影していただき、そのデータをもとにより詳しい疾患内容を医師が診察をする。ツールによって医師が受け取る非言語情報の精度を上げることができます。

桑井:そして、わたしたちの提供するオンライン診療の意義は、オンラインを通して、ひとつのクリニックという空間に異なる専門性をもった医師がリアルとバーチャルで複数いることにあります。エキナカの限られたスペースで、内科、皮膚科、耳鼻科、外科など複合的な診療科目に対応することができます。わたしたちが目指しているのは、オンラインとオフラインの診療を融合した「ハイブリッド型総合クリニック」なんです。

デジタルを通じて総合クリニック化することの大きなメリットは、患者さんのカルテ(診療記録)を共有できることです。通常、1回の簡易的な問診にとどまることがほとんどのオンライン診療は、基本的に異なる医院の医師が都度診療記録を残すため、管理が曖昧になりがちです。そのために、次に診療をする医師とのカルテ記載内容の連携がうまくいかなくなってしまいます。しかし、西国分寺と阿佐ケ谷では外部から診療に参加する医師たちがリモートによりクリニック内に設置されている電子カルテに診療記録を残し、クリニック内で一元管理するので、非常にスムーズに診療を行うことができます。
 
ここでさらに特徴的なのは、通常のオンライン診療ではできない「検査」が可能になることでもあります。例えば、リモート診療中の皮膚科医により採血が必要だと判断された場合、共有されたカルテをもとに常駐する内科医に検査を依頼し、同じクリニック内で採血・検査が行えます。そして、次回のオンライン診察はその採血の結果も共有された状態で診療ができます。また通常の総合病院のように科を移動してその度に長時間待つ必要もありません。これらは、オンラインとオフラインを融合し、ひとつの小さなクリニックを総合クリニック化することの非常に秀逸な点だと考えています。

医療記録管理の一元化を目指す
 
──ひとつの(総合病院化した)診療所だけでなく、医療機関をまたいだデータ連携の仕組みも見据えているのでしょうか。
 
丸山:各スマート健康ステーションでのシステム連携によって、患者さんの健康情報を法令に沿った形で共有する「中央線版 PHR(Personal Health Record)※」の構築を目指しています。将来的には、患者さんの同意を前提に、どの医療機関でも瞬時にクラウドの医療情報にアクセスして診療に活かすことができ、情報の精度が上がることでどこでも同じような診療が受けられる。そうした医療像を描いています。
 
※個人の健康・医療・介護に関する情報を統合し、一元的に保存した電子記録。及びそれらを本人や家族が正確に把握する仕組み。生涯型電子カルテといわれることもある
 
──日本でもPHR導入を目指す動きはありますが、なかなか進んでいませんよね。桑井先生の視点から、その要因はどこにあると考えていますか。
 
桑井:ひとつの大きな理由は、医療機関によって電子カルテのプラットフォームがバラバラなことです。スマート健康ステーションの西国分寺と阿佐ケ谷においては、情報を一元的に管理するプラットフォームと仕組みを構築することで、自分がどんな検査結果や医療行為、処方を受けたかが医療機関のあいだで共有され、駅のどの医療機関に行ってもスムーズで質の高い診療や処方を受けられることを目指しています。
 
わたしたちは、患者の症状によって専門的で高度な医療を提供するなど、地域医療と総合病院の役割分担を目的にJR東京総合病院などの基幹病院とも連携しています。医療データの連携は、こうした地域医療と総合病院の連携にも非常に活きてくるのです。また、駅での専門性の高い診療のためにスマート健康ステーションに加わるJR東京総合病院の医師のみなさんはわたしたちのスタッフとして診療をしているため、当然カルテを閲覧することができます。現状、カルテの共有には医師は刑法上の守秘義務の下、様々なハードルが存在していますが、試行錯誤して課題をクリアしています。
 

医師の働き方改革、医療格差の解消へ

 ──スマート健康ステーションは、医師の働き方改革や日本各地と都心の医療格差解消もミッションにしています。こうした社会課題の解決にどのように貢献することができると考えていますか。
 
桑井:物流産業で深刻視されている2024年問題は、医療業界においても切実な課題となっています。わたしたち医師は、人の健康と命を扱うという責務と自己研鑽のもと、過酷な労働環境で働き続けるケースが多いです。わたしのキャリアを振り返れば、救急科に在籍していたときには残業時間が月に200時間を超えることもありました。
 
──なんと...。
 
桑井:とはいえ、医師の働き方改革が進むなかで、医療に投入される医師の総労働時間は明らかに足りなくなります。加えて、女性医師は出産や子育てを行うにあたって、どうしても最前線でのキャリアが途絶えてしまいがちになるという問題もあります。一定の女性医師がセミリタイアしてしまうケースも現状多く見受けられます。そうしたときに、より医師が活躍できる場の構築を、デジタルテクノロジーを活用することで補完する方法を考えないといけません。オンライン診療には通勤もありませんし、短い時間での勤務などフレキシブルに働けるので、実際に当法人でも育児をしている医師がオンライン診療に参加しています。オンライン診療を利用した医療資源の活用ニーズは医療側からも確実に高まっていくはずです。
 
──日本各地と都心の医療格差とは具体的にどのような課題になるのでしょうか。
 
桑井:都市部と非都市部における医療格差の決定的な問題は、医師の数と高度な医療技術の偏在です。地方は医師の数が少なく、それに伴い専門性の高い医療技術を持っている医師の数も少ないということです。これはなぜか。人口の多さと比例して症例数が増えることはもちろんですが、それによって症例の少ない難病のケースが都市部に多くなり、結果的に高度な治療技術をもつ医師が都市部に研鑽や症例数の経験を求めて集中してしまうからです。

桑井:これを解消するには、知識と技術の伝達をしていかなければなりません。治療には体系化・マニュアル化された知識によって行えるものも多くありますが、その先の経験値に基づく、いわゆる匙加減が最終的に求められます。例えば、ある病気に〇〇という薬が効くことを知っていても、患者さんの状態によって1g使うのか、それとも1.1g使うかの判断は経験によって導き出されます。

また、地方はすべての診療科目が揃ってないことも多いんです。例えば皮膚の病気を、20年のキャリアをもつ皮膚科医が見るのと内科医が見るのでは精度が大いに異なってきます。その精度の違いやコツ、経験値はテキストからは得られません。ですから、それを伝えるにはこれまで医師が現地に行かなければなりませんでした。しかし、それがなかなか難しい。

──それはなぜでしょうか?

桑井:医師が自身の治療の精度や経験値を高めるには、症例数が多く、大学病院のような大型の病院が多い都市部のほうが適しているからです。ここに、オンラインで繋ぐことの価値がまたひとつあります。例えば、地方にいる医師が難病を扱う経験値の高い医師の治療にデジタルでアクセスできるようになれば、知識や技術が首都圏からより地方へと波及していくはずです。それによって非都市部でも難しい疾患に対する治療のレベルが上がり、医療格差を大きく逓減できるのではないかと考えています。

医療のあり方そのものを変えていく

──TAKANAWA GATEWAY CITYへの導入と、それをハブにした日本各地への展開も見据えているとのことですが、具体的な今後の展望について教えてください。 

丸山: ハイブリッド型クリニックだけでなく、ブース単独型のオンライン診療※についても、都市と地方それぞれで拠点拡大に取り組みます。

※「オンライン診療の適切な実施に関する指針」の改訂により展開が可能になります。

──JRが駅を中心に全国で展開する個室型シェアオフィス「STATION BOOTH(ステーションブース)」のようなかたちでしょうか。

丸山:そうですね。狭小スペースとはいえ、クリニック開設に適した条件が揃ったスペースをエキナカで探すことは簡単ではありませんし、時間もコストもかかってしまいます。ブース単独であれば限られたスペースでも展開ができますから、地方の無人駅や医師が不足して十分な医療を提供できない場所などに、オンライン診療を切り出して展開することを考えています。また医療だけでなく、健康相談やちょっとした体調管理ができるような予防・ヘルスケア領域のサービスも提供していきたいです。

オンラインブース

 丸山:そのために、あたらしい街に実装して実験・検証・改善を行う必要があります。TAKANAWA GATEWAY CITYは「100年先の心豊かなくらしのための実験場」「やってみようが、かなう街」を標榜するビジネス創造の場です。この取り組みも、当社のアセットを使って「まずはできることからやってみよう」という考えから西国分寺駅でスタートしました。

また、TAKANAWA GATEWAY CITYでは東京大学と連携して先端医療や睡眠などの専門的な領域の予防医療も研究しています。こうした最先端医療も含めた新医療のあり方を、スマート健康ステーションのネットワークを通じて全国各地に届けていく。そんな未来を目指していきたいですね。
 
桑井:街が100年後を目指しているのであれば、医療も100年後を目指して創造していかないといけませんよね。「新しい医療」には2つの考え方があります。ひとつは新しい治療方法や医療技術を見つけることです。これはTAKANAWA GATEWAY CITYにキャンパスをつくる東大をはじめとした大学病院や研究機関と取り組んでいます。もうひとつは、医療のあり方をつくりだすこと。これはサービスの提供方法やオペレーション、働き方、制度、エコシステムなど様々です。この医療のあり方そのものに働きかけていくことこそが、実験場であるTAKANAWA GATEWAY CITYの大きな役割のひとつなのではないかと思うのです。

 
 

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