TOKYO BIENNALE note
INTERVIEW: 藤 浩志
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INTERVIEW: 藤 浩志

TOKYO BIENNALE note

藤浩志さんは美術家であり、秋田公立美術大学教授、NPO法人アーツセンターあきた理事長、NPO法人プラスアーツ副理事長をされている。京都の大学では染織を専攻し、在学中は演劇などの空間をつくっていた。卒業後は青年海外協力隊でパプアニューギニアに行き、現地の芸術学校で教育に携わる。その際、「原生林で「野豚を追うヤセ犬」と出会い、「社会的に価値を認められていない存在にエネルギーを注ぎ、圧倒的に感動的な状態に変化させる技術としての芸術」を着想する。」(藤浩志さんのウェブサイトより)
このパプアニューギニアでの経験が原体験となり、藤さんは自身の作品制作をしながら様々な地域でアート活動に携わる。藤さんのこれまでの経歴についてご興味のある方は、ロングインタビューがあるのでぜひこちらをご一読いただきたい。藤さんは、東京ビエンナーレでどんなプロジェクトを構想されているのか。地方で様々なプロジェクトに携わる藤さんは、東京という“ローカル”をどういう視点で見ているのかを伺った。
聞き手:上條桂子(編集者)、森田裕子(東京ビエンナーレ事務局)

藤浩志のプロジェクト&プロフィールはこちら
https://tb2020.jp/project/kaekko-expo/

アーティスト公式ウェブサイトはこちら
https://www.fujistudio.co/

なにか表現が達成していく現場
新しい活動が作られていく現場を作りたい

東京ビエンナーレ(以下、T):藤さんは3331 Arts Chiyodaで「かえっこ」のプログラムを長年されていて、その他に十和田市現代美術館の館長をされていたり、最近は秋田でアートセンターを運営されています。長い歴史の中で、様々取り組みをされてきたと思いますが、藤さんの創作の中心には何があるのでしょうか?

藤浩志(以下、F):僕が秋田でやっている現場も、「かえっこ」もそうですが、新しい活動が作られていく現場を作りたいと思っています。それは自分の中の最優先事項です。自分自身がそういう現場に居たいし、その中で自分自身もアップデートしていきたい。その現場を発生させるシステムを新しい人たちと考えるのが面白い。そういう意味では、東京ビエンナーレで議論されている、東京ビエンナーレというシステムが東京の中でいかに機能できるかということは、僕が30年以上前から興味を持っていることでもあります。

僕は1993年に東京を離れて鹿児島に活動の拠点を移したのですが、1994年に中村政人と福岡で出会い、東京の中のローカルについて話したことを記憶しています。東京を全体で捉えるのではなく、東京の中にあるローカル、例えば銀座や青山、渋谷、池袋、今回のエリアだと番町や谷中、神田、秋葉原など、東京を特有の数多くのローカルの集積地として捉えるととても面白いという視点です。

:東京を離れた理由は何かあったのでしょうか?

:東京の時間と空間からくる圧迫感のようなものから逃れたかったというきっかけがありました。時間を売って暮らしていると感じるようになったんです。活動の時間や空間の全てをお金に換算しなければいけない脅迫観念のようなものかな。例えば、1時間働くとその分のお金がもらえる、遊ぶとその分のお金が出ていく。空間の場合は、例えば本を一冊買うと、その分の場所代が家賃に換算されますよね。一冊だとあまり感じないかもしれませんが、毎日一冊買うと3年で千冊を越えます。千冊置くには一部屋必要です。90年代に東京の都市計画事務所で働いていたんですが、時間と空間に縛られる生活から逃れる為に当時にしては珍しく、週休4日の契約で年俸制にしてもらったんです。空間的には文京区で会社所有の取り壊し前の3階建の古いビルを丸々1棟無料で借りて、そこをアトリエにして、時間的には週の4日は作家として活動し、週3日だけ会社で働いていました。

そんな生活をしていたんですが、半年もしないうちに都市計画の仕事の方が面白くなってしまったんです。当時、アフリカの再開発や緑化運動、NYの都市計画の仕事など面白い仕事が多かったんですよね。結局、毎日会社に行って働いていたので、アトリエはずっと倉庫状態。契約は同じで給料も週3日のままなのだけれど、そのまま3年間働いてしまったんです。それは、さっき話をした東京の“罠”みたいなものというか。目の前にある仕事が楽しくて、やっていたらそういう方向になってしまったっていう経験があったんです。

:東京にいるとどんどん仕事が来てしまって、ぼんやり作品を考える時間がなくなってしまったということでしょうか?

:自分の中のモヤモヤに向き合う作業より、与えられた仕事をこなす方が達成感もあるし、会社の人も喜ぶ。精神的にも楽で、単純に楽しいわけです。それはそれでよかった。でも、東京を離れた本当の理由はここからです。都市開発事務所にいたときにもローカルな都市計画の仕事を積極的に受けていました。その時は、ほとんど現場に行かず、先進事例を情報から引っ張ってきて、東京で企画を立ち上げることに違和感を感じていました。当時はヤセ犬の視点(*1)だったので、その土地にふさわしい計画は、その土地の人がその土地にいながらその土地の視点で作っていくべきだと思っていました。


*1=ヤセ犬の視点:藤がパプアニューギニアにいた時に出会った犬。ボロボロに痩せ細っていた犬が、必要な野豚狩りの時に、豹変して猛獣のようなエネルギーで走り出したのを目撃し、その変貌ぶりを「美しい」と感動した。

:それは、東京はカッコいいから地方でも東京っぽくすればいいという間違った開発だったんでしょうか?

:東京というか当時はまだ欧米から先進事例を持ってきていました。最初にその土地に行って、1日だけ資料を作るための調査をして、その土地の市役所の人と会食してスナックでカラオケして、あとは東京に戻って提案書をまとめるという。こんなんでいいはずないな、と思っていて、生意気にも社長に噛み付いていました。当時の同僚たちも「都市は俯瞰して作るものだ」と上から目線で、僕だけヤセ犬の視点に憧れていました。そうした経験を重ね、ローカルのことをもっと現場で知らなければいけないと思い、鹿児島に拠点を移したんです。地元に入り込んで何ができるだろうと、当時、実家を改装してカフェ(E-Space)を経営していたので、そこを拠点にすることにしました。

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E-spaceの様子

当時は新宿と神田と白山あたりの再開発に関わっていたこともあり、東京のローカルが見え始めていました。僕の地域の作り方に、水と土の理論があります。何かが発生するには当然「魅力的な種」が必要です、それに興味・関心としての「水」やメディアとしての「光」を注ぐことで成長していく。「種や苗」が育たなかったとしても、「土」が醸成されていく。土にとってみると、種を遠くから運んでくる「風」の存在も必要です。そうやって地域の活動が生まれ成長し、開花するのだと思っています。その視点で東京を語ると、水耕栽培に近い。もちろん水だけでも養分をいれればどんどん育っていくと思うのだけれど、明らかに土壌といった点では少ないように思う。逆に地方に行くと、土壌はとても肥えてその土地由来の種はあるのだけど、地元は無関心で、水を注いだり光を当ててくれる人が少ないというのが現状です。

90年代前半にローカルで活動を始めた時には、まさにそんな感じでした。鹿児島でE-Spaceを拠点として活動を始めたとき、面白い魅力的な人が集まってきて、市民活動のようなこともやりましたが、それが次の活動へと成長してゆくような状況を作ることが難しかった。ローカルが外部と繋がるルートが少なかったのも原因の一つです。ローカルの活動が閉じていたのです。しかし、その頃、企業がそうした地方の活動に興味を示し始めました。90年代後半になるとトヨタ、アサヒビール、資生堂、パナソニック、マクドナルドが連携して地域での活動のドキュメントに助成金を出し始め、トヨタアートマネジメント講座も始まりました。その助成をきっかけとしてローカルにいろいろな活動が興り始めました。

中村政人が東京のローカルで始めた活動、「ギンブラート」(1993)、「新宿少年アート」(1994-)、「秋葉原TV」(1999-)や、ゲント現代美術館の館長であったヤン・フート(1936-2014)を総合監督に迎えて青山の商業店舗や公園などに作品を設置した『Ripple across the water 水の波紋95』展(1995)にも興味がありました。東京でも美術館ではない現場を求めている作家たちがいて、さまざまな新たな試みが生まれていた。東京ビエンナーレは東京に新たな仕組みを作ろうとしている試みであって、当然無視できないし、興味を持たざるを得ません。

:なるほど。中央対地方ということではなく、東京もある種のローカルと考えるということですね。確かに東京ビエンナーレはそういう視点があるように思います。

東京のローカルというのはとても魅力的で深い。今回対象となっているエリアは特に面白いエリアばかりです。それぞれのエリアから絶対に何かが発生してくると確信しているし、その現場に立ち会えるとしたらそれはとても魅力的なことです。

20周年をむかえる「かえっこ」の活動、
歴史を振り返り、新たなフェーズへ。


:東京ビエンナーレ2020/2021では、「かえっこ」のプロジェクトをされる予定だとうかがっていますが。ちなみに「かえっこ」というのは、2000年に始まったもので、遊ばなくなったおもちゃを特定の場所に持ってきて、カエルポイントに交換、それを使って新しいおもちゃを手にしたり、ワークショップに参加するという仕組みです。子どもたちが自発的にコミュニケーションを行う場となります。3331 Arts Chiyodaでは2010年に開館した際のメインのプログラムとして「かえっこ」を取り入れており、現在もその取り組みは継続しています。また、「かえっこ」という仕組みは全国に波及しています。

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かえっこ《トイパラダイス》の展示模様

:そうですね。「かえっこ」ではなく、新しいことをやりたい気持ちもありました。しかし、3331のこれまでの活動の流れもあり、千代田区や児童館との繋がりのなかで子どもたちとの活動を継続していくことは、すごく大切だし、僕自身もその延長線上で活動していきたいと思っています。それは、芸術と芸術未満の違い、文化と文化未満の違いを語ることでもあると思います。「かえっこ」は当初、子どもたちとの活動を発生させる作品未満のシステム型の表現だったけれど、金沢21世紀美術館の開館記念展で「かえっこ」が導入されたり、3331でアーティストプログラムとして使われるようになり、ある意味形のない作品として成長してきたわけです。さらに、その延長で生まれたトイザウルス(かえっこで集まってきたおもちゃを組み合わせて制作したオブジェ)は形のある空間の作品として完成し始めている。

作家に大切なのは、常に新しいものを作る態度そのものなんだと考えています。過去に作ったものにとらわれているのは美術作家の態度としては嫌だなぁと思うわけです。もちろん流通させることも大切だけど、自分の作ったスタイルを崩したり、前例を壊していこうとする態度が魅力的で、そうありたいなと……。まあ、この歳になって悩んでいるわけでも、あんまりこだわってるわけでもないんだけど、でも、今までやってきた責任も感じつつ、どこかで新しいことをやりたいなと思いつつ、求められているものを展示してしまって、その板挟みでモヤモヤします(笑)。


:なるほど。継続されていること、仕組みが全国にも浸透していっていることは素晴らしいと思いますが、その反面で、作家としての葛藤がおありなんですね。

:どうすればアーティストとしてモチベーションを保てるかは大事だと思います。僕はいま秋田を活動の主な現場にしていて、秋田公立美術大学の美術大学としての運営や秋田市の旧県立美術館跡地に秋田市の文化創造に関わる拠点を作ろうとしていて、その上でどのような新しいことを東京で試せるのか、3331の活動の延長になにかもっと違うことができないかなと考えているところでもあります。

「かえっこ」が今年でちょうど20年経ち、かえっこのあり方もだいぶ変わってきているので、ある意味ではかえっこを終わらせる……というか、一度区切りをつけるようなことができたらいいなと思っています。

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(上)「JURASSIC PLASTIC」2019年 Changchui Creative Space/バンコク
(下)Plastic Bottle Dragon 2009年  水都大阪 交野市天の川/大阪

:具体的に考えていらっしゃることはあるのでしょうか?

:本は作りたいと思っています。「かえっこ」をこれまでとは違う語り口の一冊の本にすることは考えたい。東京ビエンナーレが1年延期になったので、本の編集を先にやってしまって、来年は書籍を空間にどう展開していくかを考えることができればいいなと思っています。

:なるほど、一冊の本を編集して、それをもとに展覧会をつくっていくんですね。20年分の歴史もありますから、素材が豊富で面白そうです。藤さんは、様々な地域で対話を重ねていらっしゃいますが、最近状況はどう変わってきていると思われますか? 地域に注目が集まって、様々な方たちが活動されるようになった状況もありますし、コロナでさらにそれが加速するような気もします。

:確実にローカルに面白い人たちが移動していると思います。それは3.11以降にも顕著になっていました。働き方の変化にまちおこしの制度もからんで、アート関係でなくてもクリエイティブな活動をしようとしている人が増えてきている。秋田も青森もそうですが、自宅のある福岡県糸島市も移住者が非常に増えました。彼らの活動は、レンジも広く深い思考を持っていて、活動力もある。東京やその他の場所での経験を積んできている人たちが、ローカルをベースとして、ネットワークを使って活動を作ろうとしているのも最近の特徴なのかもしれません。

いま働いている「アーツセンター秋田」(https://www.artscenter-akita.jp/)にしても、昔だったら絶対来ないだろうなという人が来てくれている。今までの他の地域の仕事もやりながら秋田の現場も関わってくれる人たちです。一人の人がいくつもの顔と現場を持って仕事をすることが当たり前になっている。もちろん僕もそうですが。自分の仕事は、どこにいてもできると思っています。

:一方で、いわゆる地域アートというのは批判的にも語られることがありますが、その点はどうお考えですか?

:先日ちょうど十和田で地域アートの本を出版したのですが(『地域アートはどこにある』十和田市現代美術館編/堀之内出版)、そのきっかけになったのは藤田(直哉)さんの批判的な視点でした。アートというのは政治や体制に対して批判的であるべきであるという主張だと思います。しかし、十和田市現代美術館のように地域社会に寄り添った実践は、地域に対して語りきれないほどの様々な連鎖を生み出してきて、単純な批判に晒されるものではないほど、強いものです。それを俯瞰しようとした出版でした。僕自身、とてもいい現場に立ち会えることができたと実感しています。それは確かなことなのです。

アート活動の実践の現場というのは、コマーシャルなマーケットを相手にするか、美術の公募展的な場所で戦うかという二択ではありません。イタリアルネッサンスの歴史でも、パリの近代美術の歴史でも、NYの現代美術の歴史でも、ある特定のエリアからしか美術の歴史は発生してきていないんです。ある時代のローカルな場所のローカルな人とその社会との関係の中で作られた状況があって、その地域の政治や経済などの背景との関係性の中から次世代に大きな影響を与える新しい活動は生まれてきました。

もちろん「地域アート」という活動を限定するような軽蔑的な呼び方には嫌悪感も抱きますが、ある限定された状況のなかで、もやもやと不満を持っている若い人たちの表現ぶつける仕組みを形にするとき、その状況が生まれる環境として、地域という基盤は無視できないと思います。

:なるほど。それは先ほどの東京もローカルと考えるという問題と繋がりますね。

:90年代から2000年代の時点で、「地域」とか「サイト」、「場」という問題を主題にすることは旬を過ぎていると考えています。今はそのことを前提としてグローバリズムの問題にも結びついていくし、ネット上、メディア上のローカルという意味も重要です。さらにコロナで新たなローカルの意味が出てくるでしょうね。キャンバスがないと絵が描けないのと同じように、立ち位置というか、どこにいるというローカルは前提だと思います。「秋田」や「東京」、あるいは「ゲーム」や「YouTube」などローカルが深まることで新しい価値は発生する。そのとき基盤の優劣は問題ではなく、結果として何が発生したのかということが問題なのだと思います。

東京ビエンナーレにもその地域のコーディネーターである市民委員会やエリアディレクターがいますよね。例えば、東京ビエンナーレから新たなローカル性が発生することが重要だと感じます。「かえっこ」は企業と一緒にやってきたケースが多いのですが、企業もローカルに関わって成立しています。「かえっこ」の事務局としては企業に地域住民やNPOとの関係を深める機会として捉えてもらうようにサポートしてきました。本をつくる時には、企業や行政などの法人がどういう風に子どもやその親という個人と関わってきたのかという視点で、「かえっこ」を見直してもいいかなと思っています。

K:アート活動をする上で、お金がどこからきてどこに行くのかというのは非常に重要なことで、企業が入って来ると企業色が出て来るから悪という、純粋性が失われるようなイメージがありますが、それについての話が本に掲載されるということですよね、楽しみです。

F:《トイザウルス》とかの作品を見て「本当にこれ気持ち悪いよね」って言ってくれる人がいます。この感覚はすごく重要で、僕がやっていることは、本当はとても恐ろしい世界に触れていることだと思うんです。使われなくなったおもちゃが大量に並ぶ《トイパラダイス》を見て、観客は「すごい、きれい!」となるのですが、実はその裏側には見えない狂気が潜んでいます。僕の学生時代の活動を見て、「鮮やかで美味しそうだけど、実は毒が入ってる『危険なおやつ』」と評してくれた人がいました。「かえっこ」にはそういう面もある。「かえっこ」のプログラムも、子どもの欲望をそそるものだと批判する人もいます。その通りです。必ずしも僕らはいいことをやっている活動家ではありません。今、この時代にしかできない表現を人生かけてやってるだけです。東京ビエンナーレではこの20年の結果を振り返りながら、精一杯美味しそうなパッケージに包んで、圧倒的に甘く、楽しく、美味しそうな世界を作り出してみたいと思っています。

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https://tb2020.jp/project/kaekko-expo/

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