私は器になったので、どうでもいい事増えました。
本屋の真ん中。
マスクの下で、「どうでもいい〜〜」と声が出た。
流行りの心理学、本屋大賞、映像化の小説、話題の絵本、今こそ楽しむ全国のお取り寄せ特集、私の漫画が見当たらないコミックエッセイの棚。
「どうでもいい〜〜〜」
カフェスペースからの珈琲の匂いで頭が痛い。朝からまだ何も食べていなくて、胃がオエオエ上がってくる。
妊娠した。
......
朝早くから病院で検診を受けて、無痛分娩の予約金を払い、夫の迎えを待つために本屋に入ったのだ。
こんなに世の中の何もかもがどうでもよくなると思わなかった。
コロナもどうでもいい。今以上くわしくなったって、できる事は同じなのだ。私は外で働いてないし、ひたすら大人しく家にいて、外出したらマスクして消毒してパパッと帰るだけ。
なるべく何事もなくいるべきなのは、心配を増やしたって変わらない。
ファッション雑誌、ほんとにどうでもいい。人生変わるよって帯に書いてある啓発本、読まなくたって私の人生は必ず変わるからどうでもいい。
話題の小説、読みたくない。刺激も感動も、今なんにもいらない。売れてる漫画、最もどうでもいい。勉強なんかしたくない。
さっき病院で聞いた、赤ん坊の心音が耳にくっついている。ドッコンドッコン。
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温かい物は食べられなくなって、アイスやヨーグルトやサンドイッチばかり食べている。
食べていないと吐きそうだ。食べ悪阻と言うらしい。でも、食べても吐きそうだ。
そして、もう1ヶ月近く、ずっと頭が痛い。具合が悪いのが長く続くと、自分が妊娠してるって事以外、全部どうでもよくなるんだなぁと知った。
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不妊治療をやめて、もう5年はたつ。なんにも考えずに暮らしていたら、まさか妊娠した。親になるつもりも、ならないつもりもなかった。
ドッコンドッコン。
10週目の今日、はじめて心音を聞いた。生きていて良かったなぁと思った。自分の体の中にいるのに、自分では生きてるかどうかわからないから不安だった。
もらったエコー写真は、今のところ、机の引き出しにポイポイと入れてある。妊婦になっても、思い出にだらしない性格は変わらない。そのうちノートでも買おうと思う。
「宇宙人がいる」
今日のエコー写真を見た夫が言った。
「ねぇ、きなこちゃん騙されてるんじゃないの?」
「誰に」
「全員。病院とか全員」
そのあと、私のお腹を手のひらでさわった。
45才の父親だ。
......
私はもう、今、器になったと思っている。下っ腹に命が1つ入っている器。特に戸惑いもなく、格別大きな気分の変化もなく、すんなり器の気持ちになった。
割れないように気をつけるだけの日々だ。
もともと情緒不安定で凸凹の多い性格をしているので、妊娠した事でそれが増す気配もない。
むしろ、器なので凪いだ。
器は、置いてあるのが役割だ。何も考えず、平な場所に置いてあればいい。
そう思って、毎日「孤独のグルメ」をたらたら見ながら、ソファーにいる。
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これからの時間と体力の使い方を、考えているところである。Twitterは、どこかのタイミングでやめるつもりだ。
漫画は、悪阻が落ち着いたら、描きます。
今年の夏。「産まれました」の絵日記が、無事に描けるといいなぁと思います。
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きなこ
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