見出し画像

反日サヨクの最後の拠点の1つ・真宗大谷派

■真宗大谷派・声明「日本国憲法の立憲の精神を遵守する政府を願う『正義と悪の対立を超えて』」

現在、大谷派は、反日サヨクの最後の拠点の1つです。1つは弁護士会等のインテリ集団、1つは自治労等の官公労組合、1つは大谷派&朝鮮系プロテスタントといったの宗教団体です。

安倍晋三首相による靖國参拝の差止めを求める「靖國訴訟」は、中国人、韓国人、ドイツ人そして国内組は、元教師、元朝日新聞記者、真宗僧侶(元反日活動家)です。一昨年の正論10月号に僕の原稿が掲載されています。

真宗は、仏教の先祖帰り(原始仏教という意味ではなく、日本教としての仏教です)と位置づけています。それは教理(理屈)ではなく、「信じる」という姿勢に、ある意味、実存主義哲学的な真理を見いだした宗教だということにあります。

しかし、ナンマイダの念仏を唱えて、阿弥陀仏に縋れば、どんな悪業を背負ったものでも、悪業を断ち切る「極楽」に連れていってもらえ、そこで「悟り」を開くチャンスを与えられるという簡単明瞭な世界観は、戦後蔓延した左翼的「合理主義精神」を持つ現代人にとっては、あまりに不合理であり、理性をもって信じることは困難になりました。

その揚げ句のお東さんの御家騒動です。執行部は、真宗に根付く差別糾弾でのし上がった部落解放同盟の活動家で固められ、厭離穢土ではなく、現世の改革という、いうならば法華経行者の日蓮宗のような政治的宗教を目指しはじめました。いまの大谷派にとっての教理は、「反差別」であり、「反靖國」であり、「反天皇制」です。かつて島田黙雷が中興し、「念仏を唱えて戦死すれば、現世では「英霊」、あの世は「極楽」じゃ」といって玉砕を扇動した従軍僧侶の反省―そこには、一向一揆の伝統、すなわち、ムスリムの自爆テロ的をジハードとして称賛する伝統がありました―から、極端なサヨク宗教になってしまったのです。

親鸞の行跡は、単に、反日サヨクの活動や差別反対闘争を正当化するために素材として使われているのにすぎません。日本人の精神の疾病を考えるうえで、「真宗の実態」を分析・研究することは非常に重要なことだと考えています。

(H29/03/25)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?