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芥川龍之介『戯作三昧』感想

最近芥川龍之介の作品を読んでいなかったのだが、『芥川龍之介の世界』という本に影響されて久々に読みたくなった。そのため『戯作三昧』という芥川の作品を読んだのでその感想を書いていく。

この作品は江戸時代の戯作家・曲亭馬琴(滝沢馬琴)の物書きとして感じている心情を全般的に描いた内容となっている。重い作風ではなく芥川の作品の中では割と軽く読める。

まず馬琴が銭湯へ行くところから始まるのだが、そこで自分の作品の陰口を聞いてしまい若干落ち込んだりする。ここの馬琴の悪口に対する考えが結構リアルで、悪評を聞くのは単に不快なだけでなく自分の創作において反動的なものが加わるのでそこもマイナスだと冷静に分析している。

不純な動機から作品を書くのは若干作品が歪んでしまうと馬琴が感じていると描写されている。これは馬琴というよりは芥川の考えがそのまま反映されている気もする。文壇で叩かれることが多かった芥川としてはそれに対して復讐みたいな感じで怒りをぶつけるのはあまりよくないことだと身をもって知っていたのかもしれない。

芥川の作品でそういう反動を感じるものとして『MENSURA ZOILI』という作品がある。これは明らかに文壇に対してメタファー的に皮肉を言っている作品で、作者の裏話的な意味合いでは面白いと思うけど、作品としてみたときにそんなに深みがない。そう言う作品を書いた経験があるからこそ、芥川は『戯作三昧』でもそういう部分をあまりよくないと思っているのかもしれない。

そういう感じでこの『戯作三昧』という作品は芥川の作家として感じる様々な面が馬琴に宿って描かれているように見える。

馬琴が銭湯から帰ってくると和泉屋という出版屋が家に来ているのだが、この和泉屋も実際の芥川の経験から描かれているように邪推してしまう。この和泉屋は現代の編集者的な立ち位置だと思うが、他の作者と馬琴を暗に比較して馬琴をやる気にさせるやり口とか非常に陰湿でリアル。これは芥川も実際の編集者にやられてたんじゃないだろうか。

それで編集者が帰った後に渡辺崋山という知り合いの画家が尋ねてくるという展開になる。このあたりの「先王の道」とか渡辺崋山の考えとかは正直、よく読み取れなかった。調べたら荻生徂徠など関係あるのだろうか。この辺りは知識不足が原因なのかわからないがよくわからない。

最後に出かけてた家族が帰ってきて、孫が馬琴に対して「毎日勉強して癇癪を起さずもっとよく辛抱しろ」と言う。これは観音様が言っていたと孫が冗談めかして言うのだけど、なんか結構辛辣で笑えて来る。

このあたりの孫と祖父の言ってもいい会話のラインが良くわからない。普通だったら怒ってもおかしくないんじゃないだろうか。しかも馬琴はそれを聞いてなぜかやる気を出して不調だった執筆がスムーズに進むようになる。

このやる気を出した時の執筆の描写が非常に素晴らしい。ただ作品を書くことに没頭する姿は美しいとしか言えない。これは引用したほうが伝わると思う(以下引用)。

このとき彼の王者のような眼に映っていたのものは、利害でもなければ、愛憎でもない。まして毀誉に煩わされる心などは、とうに眼底を払って消えてしまった。あるのは、ただ不可思議な喜びである。あるいは恍惚たる悲壮の感激である。この感激を知らないものに、どうして戯作三昧の心境が味到されよう。ここにこそ「人生」は、あらゆるその残滓を洗って、まるで新しい鉱石のように、美しく作者の前に輝いているではないか。.........

この部分だけでもこの作品は価値があると思う。『蜜柑』でのミカンの描写もそうだけど、芥川は瞬間的な描写は非常に美しいものがある。この作品も様々な不安や嫉妬に苛まれてきた馬琴がやはり芸術にのめりこむという素晴らしさに帰着する。といういかにも芸術至上主義的な感じで読み心地が良い。

ただここで「芸術って素晴らしいよね~」というノリで終わらないのが芥川。最後に1つカウンターを入れてくる。

馬琴が書斎で何事にも煩わされることなく執筆をしている裏で、家族が何をしているかが最後に描かれる。自分の妻や息子夫婦が針仕事や本業の仕事をしながら、いつまでも執筆している馬琴に対して呆れている描写が入れられる。その呆れ方も結構リアルで「困りものだよ。碌なお金にもならないのにさ。」と本当に呆れている様子。

正直、蛇足な感じも否めないけど、芸術にのめりこむというのを完全に肯定しきれない点が非常に芥川っぽい感じがする。個人的にはこの部分があるからこそ芥川作品は素晴らしいと思うので仕方ない描写なんじゃないだろうか。

実際の芥川も稼げない小説家という仕事をするという負い目がどこかにあったのかもしれない。だからこそ最後にこう言う蛇足を入れてくる。そういう部分に家族に対しての気遣いや罪意識が感じられて彼の人柄を表しているように感じる。

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