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著者と話そう 菱木晃子さんのまき

 今回は、9月刊『おじいちゃんとの最後の旅』(ウルフ・スタルク作)を翻訳された菱木晃子さんにお話をうかがいました。

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9月刊の児童文学『おじいちゃんとの最後の旅』

Q 菱木さんは、スウェーデンを代表する児童文学作家、スタルクの作品を20冊以上翻訳されています。日本でも5社以上の出版社から刊行され、大人気です。スタルクは、2017年に急逝しました。菱木さんは、スタルクと親しく交流されていましたが、どのような出会いだったのでしょう?

A 最初に彼の作品を知ったのは、1980年代末、スウェーデンにある児童書専門の古本屋さんでした。日本に紹介するのにいい本がないかと探していたら、お店にいあわせたお客さんが、「これ、とってもいいわよ」と、『シロクマたちのダンス』を薦めてくれたんです。早速読んでみたら、とてもおもしろかったので、ほかの作品も探して読みました。
 当時わたしは、スウェーデンの童話を3冊翻訳出版していましたが、次に訳す本が決まっていませんでした。そこで、翻訳者として仕事を続けていくにはここが踏んばりどころと思い、日本の児童書出版社にスタルクの作品を持ち込んだんです。
 2冊を検討してもらった結果、『ぼくの魔法の運動ぐつ(現『パーシーの魔法の運動ぐつ』)』の刊行が決まりました。『シロクマ~』は、母親が不倫相手の子どもを妊娠して、主人公の男の子が母親と一緒にその不倫相手と暮らすことになる、という内容で、親の不倫がもとで家庭が崩壊していくさまを子どもの視点から描いているのは刺激的すぎるのでは、と、もう一冊のほうに決まったんです。

Q そのころ、作者とお会いになって……?

A はい、91年に、はじめて会いました。そのころ毎年夏にスウェーデンで、世界各国のスウェーデン語の翻訳者が集まるセミナーが開かれていました。その年の講師のひとりがスタルクだと知り、参加したんです。
 スタルクは一時間半ほど講演をし、そのなかで、「シェーク vs バナナ・スプリット」という短編を朗読して、希望者にはコピーしてくれました。余談ですが、この短編は現在、日本の中学校の国語の教科書に載っていますよ。
 その後、『ぼくの魔法の運動ぐつ』が好評だったこともあり、同じ出版社から『シロクマ〜』も出ることが決まりました。翻訳中の93年夏には、『シロクマ〜』の舞台になった町を訪ねました。その町はスタルクが子ども時代をすごしたところで、街並の写真を撮ったり、本に書かれている道をたどったりしてみたんです。ご自宅にもお邪魔しました。

Q その後、親しく交流されるようになって……。

A そうですね、直接原稿をいただいたこともあります。短編を探しているという日本の編集者に「シェーク vs バナナ・スピリット」を訳して、読んでもらったところ、おもしろいけれど、一冊の本にするには短かすぎる、同じくらいの長さのものがもう一編あれば、挿絵をたくさん入れた本にしたい、と言われました。そこで、95年にスウェーデンへ行って、ご本人にきいてみたところ、「同じくらいの長さのものがあるよ」と、まだスウェーデンで出版されていない原稿を直接くださいました。とてもおもしろかったし、主人公も「シェイク〜」と同じで……。こうして二編を収めた『うそつきの天才』という本ができあがりました。
 この本の挿絵は、絵本作家のはたこうしろうさんが描かれたのですが、できあがった本を見たスタルクが、「まるでスウェーデンの画家が描いたみたいだ」と、とても気に入って、スウェーデンでも同じ挿絵を使って刊行されることになったんです。日本語版が本国より先に刊行された、ユニークな本になりました。

Q 2004年には来日もされましたね。

A 10月に、スタルクさんご夫妻、絵本作家のアンナ・ヘグルンドさん、スウェーデンの出版社の編集者の4名がスウェーデン文化交流協会の助成で来日しました。5月に来日が決まると、スタルクの本を出している日本の出版社が協力して、講演会のスケジュールを組みました。10日間の日程で、東京で2回、松本、岐阜、名古屋、四日市、京都で各1回と、強行軍の講演会ツアーになりました。わたしも通訳としてお手伝いをしましたが、どの会場も満席になり、スタルクの人気を実感しました。

Q 『おじいちゃんとの最後の旅』は、スタルクの最後の作品になってしまいました。

A 日本での講演会の際、スタルクは「自分のおじいちゃんの話を書きたい」と話していました。彼の作品には、子どもとおじいちゃんの関係が大きなウェイトをしてる「おじいちゃんもの」がたくさんありますが、この作品を読んで、おじいちゃんの最期が書きたかったんだ、とわかりました。スタルクは、17年5月に体調を崩し、この本の挿絵を見ることなく、6月に72歳でなくなりました。作品の最後におじいちゃんは天国に旅立ちますが、その姿が作者自身に重なって、訳していて胸がつまりました。

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『おじいちゃんとの最後の旅』の目次

Q 菱木さんにとって、スタルクの作品の魅力とはどんなものでしょう?

A ユーモアたっぷりなのに、子どもたちが抱える切なさが心に残る、ユーモアと切なさのバランスがとても好きです。また、「行間を読ませる」書き方も、日本の文学と通じるところがあり、気に入っています。
 80年代に入り、スウェーデンの児童文学界では「ポスト・リンドグレーン」と呼ぶべき世代の作家たちが現れました。ペーテル・ポール、マッツ・ヴォール、ウルフ・スタルク……といった作家たちです。彼らはみな、子どものころに、次々と発売されるリンドグレーンの作品とともに育ったんです。彼らが活躍を始めた時期と、わたしが翻訳を始めた時期が同じだったのは、翻訳者としてとてもラッキーだと思います。
 スタルク作品と出会い、日本に紹介できたことによって、わたし自身、翻訳家としてステップアップすることができたと感謝しています。

 ありがとうございました。

菱木晃子(ひしき あきらこ)
慶應義塾大学卒業。現在、スウェーデン児童文学の翻訳で活躍。スウェーデンの北極星勲章受賞。翻訳作品に、『おじいちゃんの口笛』(ほるぷ出版)、『シロクマたちのダンス』(偕成社)、「パーシー」シリーズ、『うそつきの天才』(小峰書店)、『ニルスのふしぎな旅』(福音館書店)、「名探偵カッレ」「長くつ下のピッピ」シリーズ(岩波書店)、書き下ろしに『はじめての北欧神話』(徳間書店)などがある。

(2020年9月/10月号「子どもの本だより」より)

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