見出し画像

被災地を歩いて見つけた美

 今年で東日本大震災から10年。当時はまだ赤子だった子どもたちが10歳になると考えると、月日が経つのは早いと感じます。

 2月刊絵本『はるのひ』の作者、小池アミイゴさんは震災後、自分が被災地に唯一貢献できるのは被災地で見つけた美しい風景を描いてその美しさを共有していくことだ、と感じてから、何度も被災地を訪れて海辺の風景などを描き、「東日本」という個展を定期的に開催されてきました。その活動がきっかけになり、依頼を受けたのが、絵本『とうだい』です。

 岬にたつ生まれたての灯台は、昼間は目の前の海を通り過ぎる客船、漁船、貨物船、魚の群れ、そしてくじらといった、初めて出会う船や生き物を眺めています。灯台は、みんながどこから来て、どこへ行くのか、興味津々です。そして夜になると、灯りをくるくる回し、海をぴかぴかと照らして、船の道しるべになります。

 冬になると、渡り鳥がやって来て、遠いところを旅して見てきたおもしろい話を灯台に聞かせました。読者は今度は渡り鳥の目線になって、空から見た風景を眺めていきます。

 たとえば、ビルが並ぶ都会を飛んで、仲間がぴかぴかのビルのガラスに飛び込みそうになった話、夜に広い工場の上を飛んだときに、工場のたくさんの火が赤い木の実に見えてうまそうだった話、草原の地面の上に雲がたくさんあると思ったら、羊の群れだった話。灯台は、見たことも聞いたこともない話にわくわくしますが、渡り鳥が春に北の地へ帰ったあと、自分は渡り鳥のように空を飛ぶことはできず、今いる場所をはなれることもできない、と思い知ります。そして1年が過ぎて2度目の冬になり、ある夜、おそろしい嵐がやって来て……。

 物語のなかで特に印象的なのは、激しい嵐のなか、灯台が嵐をこわいと感じながら、船の道しるべになろうと奮闘する場面です。詩人の斉藤倫さんの力強く、リズムのある文章は声に出して読みたくなります。

 おおい 

 おおい 

 あらしに まけるな 

 とうだいは ここに いるぞ 

 とうだいに できることは ひかること 

 くる くる かぜを こえていけ 

 ぴか ぴか なみを つきぬけろ

 灯台の努力が実を結び、船は嵐を無事に切り抜けます。その後、渡り鳥が北の地から灯台のもとへと再びやって来て灯台にかけた言葉が、じわじわと心に沁みてきます。

 日の光によって刻一刻と移り変わっていく海や空の色を色彩豊かに見事に描き、絵を見ているだけで穏やかな気持ちになるのは、小池アミイゴさんが宮城県の気仙沼や塩竈など東日本の沿岸部を歩きまわり、他の人が見たらたわいのない風景だと見逃してしまうような光景でも、美しいと思ったら足を止め、描いてきたからなのでしょう。

 新作絵本『はるのひ』は、日が暮れるまでの短い時間に、お父さんの畑を手伝っていた男の子が体験する小さな冒険物語です。『とうだい』『はるのひ』と合わせて、小池アミイゴさんが10年かけて地道に集めてきた風景の結晶をのぞいてみてください。

『とうだい』
斉藤倫 文
小池アミイゴ 絵
福音館書店 刊

文:編集部 高尾 健士

(2021年1月/2月号「子どもの本だより」より)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?