徳間書店 文芸編集部

徳間書店の文芸書、文庫、文芸PR誌「読楽(どくらく)」の関連情報をアップしていきます。徳間書店の公式サイトはこちらから→ https://www.tokuma.jp/

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マガジン

最近の記事

攘夷派誅殺の命を受けた若侍が刺客の少女とともに京を目指す軽妙洒脱な時代小説/『もゆる椿』天羽 恵

侍と少女の旅を描く長篇デビュー作  二〇一七年に創設された大藪春彦新人賞は、赤松利市、西尾潤、青本雪平、野々上いり子、浅沢英といった作家たちを輩出している。その第六回受賞作である天羽恵「日盛りの蟬」は、同賞初の時代小説だった。  楼主に呼び出された女郎のさきは、小浜藩の武士・藤岡の妻を演じるように命じられる。藤岡は父の仇である久保田半蔵を討つために国許を離れ、手助けをしてくれる女を探していた。江戸で「夫婦ものが何組も集まり、相手を取り替えて床入りするという不埒な遊び」が流

    • 最愛の兄を失った臨床心理士が病んだ人々を救おうとする骨太の社会派ミステリー/『グレイの森』水野梓

       小学校受験に起因する苦悩と救済  社会派小説の書き手にとって、取材の蓄積が強みになることは間違いない。取材に長けた専業作家も多いが、報道メディアの人間はプロならではの鋭さを備えているはずだ。水野梓はその好例といえるだろう。  まずは「鈴木あづさ」を紹介しておこう。鈴木あづさは一九七四年東京都出身。早稲田大学第一文学部とオレゴン大学ジャーナリズム学部を卒業し、九九年に日本テレビ放送網に入社。社会部デスク、NNN中国特派員、ドキュメンタリー番組のプロデューサー、読売新聞の編

      • 古い洋館で暮らす人々の優しい日々/『からさんの家 まひろの章』小路幸也

        シビアな物語にばかり接していると、温和な世界で一息つきたくなるものだ。愛すべき人々のコミュニティを紡ぎ、居心地の良い空間を提供する。小路幸也はそのセンスと技量に長けた作家に違いない。  小路幸也は一九六一年北海道生まれ。広告制作会社に勤めながら小説を書き、専門学校の講師などを経て、二〇〇二年に『空を見上げる古い歌を口ずさむ』で第二十九回メフィスト賞を受賞。一一年には『東京公園』が映画化、一三年には『東京バンドワゴン』が連続ドラマ化された。筆の速さにも定評があり、著作数は百冊

        • 母を死なせた父を怨む男とそれを利用する悪党が騙し合うパチンコ業界を背景にした犯罪小説/『救い難き人』赤松利市

          母親を失った少年の復讐と迷走  作家と作品の関係はさまざまだが、ハードな人生経験に根差したテーマを究めることは王道の一つだろう。最後の無頼派とも称される赤松利市は、その系譜を継ぐ貴重な小説家にほかならない。  赤松利市は一九五六年香川県生まれ。関西大学文学部卒。二十七歳で消費者金融の支店長に就き、ハードワークが祟って三十歳で退職。ゴルフ場の芝生の管理会社を興して大成功を収めるが、境界性パーソナリティー障害を発症した娘の介護などに忙殺され、やがて会社は破綻してしまう。  宮

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        • 単行本
          10本
        • 雑誌
          3本
        • 徳間文庫
          8本
        • 新人賞
          1本
        • 電子書籍
          1本

        記事

          戦時下の飢餓に苦しむ集落が不思議な力を持つ姉妹とともに戦うファンタジックなサバイバル劇/『槇ノ原戦記』花村萬月

          集落の飢餓に端を発する異色戦記  不道徳と暴力から目を逸らさず、傲慢や虚飾を取り払い、人間の本質を読者に突きつける。そんな骨太の作家たちの中でも、洞察の深さとエンタテインメント性において、花村萬月が傑出した存在であることは間違いない。  花村萬月は一九五五年東京都生まれ。キャバレーのミュージシャンなどを経て、八九年に『ゴッド・ブレイス物語』で第二回小説すばる新人賞を受けてデビュー。九八年に『皆月』で第十九回吉川英治文学新人賞、『ゲルマニウムの夜』で第一一九回芥川賞を受賞。二

          戦時下の飢餓に苦しむ集落が不思議な力を持つ姉妹とともに戦うファンタジックなサバイバル劇/『槇ノ原戦記』花村萬月

          椅子に座るだけの野遊び〝チェアリング〟が若者たちを繋ぐ晴れやかな青春起業小説/『ロールキャベツ』森沢明夫

          五人の大学生を描く青春群像劇  憎めないキャラクターの前向きなドラマで読者のポジティヴな共感を呼ぶことは、物語作家の王道の一つに違いない。森沢明夫もそんな書き手の一人だ。  まずは来歴を記しておこう。森沢明夫は一九六九年千葉県生まれ。早稲田大学人間科学部卒。雑誌編集者を経てフリーライターとして活動し、二〇〇二年に野草の紹介本『野の花』(写真=浅川トオル)、〇三年にエッセイ集『あおぞらビール』を発表。〇七年にノンフィクション『ラストサムライ 片目のチャンピオン武田幸三』で第

          椅子に座るだけの野遊び〝チェアリング〟が若者たちを繋ぐ晴れやかな青春起業小説/『ロールキャベツ』森沢明夫

          暴力犯対策係のコンビが身内に潜む内通者を追う人気シリーズ第七弾/『トランパー』今野敏

          暴力団と戦う刑事を描くシリーズ最新刊 創作力に長けた人気作家にとって、多くのシリーズを書き分けるのは自然なことだ。東京湾臨海署の面々が活躍する〈安積班〉シリーズ、捜査一課刑事が事件を追う〈樋口顕〉〈碓氷弘一〉シリーズ、科学捜査班が技能を活かす〈ST〉シリーズ、公安警察官の成長を辿る〈倉島警部補〉シリーズ、キャリア官僚を主役にした〈隠蔽捜査〉シリーズなどを持つ今野敏は、警察小説界におけるその好例だろう。  改めてプロフィールを記しておくと、今野敏は一九五五年北海道生まれ。上

          暴力犯対策係のコンビが身内に潜む内通者を追う人気シリーズ第七弾/『トランパー』今野敏

          長きにわたる徳川と豊臣の対立が大坂の陣を引き起こす奇抜な趣向を秘めた野心的長篇/『夢のまた夢 若武者の誕生』森岡浩之

          SF作家が大坂の陣を描く異色小説  森岡浩之は一九六二年兵庫県生まれ。第十七回ハヤカワ・SFコンテストの第二席に入選した「夢の樹が接げたなら」で九二年にデビュー。九七年に『星界の紋章』で第二十八回星雲賞(日本長編部門)、九九年に「夜明けのテロリスト」で第三十回星雲賞(日本短編部門)を受賞。二〇一六年には『突変』で第三十六回日本SF大賞に輝いた。  累計二百万部を超えるスペースオペラ〈星界〉シリーズ、電脳空間のハードボイルド〈優しい煉獄〉シリーズ、都市が異世界に転移する『突

          長きにわたる徳川と豊臣の対立が大坂の陣を引き起こす奇抜な趣向を秘めた野心的長篇/『夢のまた夢 若武者の誕生』森岡浩之

          泥棒と刑事の夫婦がコンビを組むユーモア犯罪小説シリーズ最新刊/『盗みは忘却の彼方に』赤川次郎

          泥棒&刑事の夫婦が活躍する人気シリーズ  約六百二十冊の著作を手掛け、総発行部数が三億三千万部を超える国民的作家・赤川次郎には、新人の頃から続く長寿シリーズが少なくない。一九八〇年刊の『盗みは人のためならず』に始まる〈夫は泥棒、妻は刑事〉シリーズは、デビュー作を含む〈幽霊〉シリーズ、代表作〈三毛猫ホームズ〉シリーズに次ぐ歴史を持つロングセラーだ。  連作短篇として生まれた同シリーズは、第六作にあたる初長篇『泥棒は片道切符で』を経て、第十三作『盗んで、開いて 夢はショパンを

          泥棒と刑事の夫婦がコンビを組むユーモア犯罪小説シリーズ最新刊/『盗みは忘却の彼方に』赤川次郎

          ニンジャに憧れた米国軍人の半生坂の町に住む人々の交流など様々な物語を手軽に味わえる快著/『万延元年のニンジャ茶漬け』松宮 宏

          歴史奇譚と現代劇が並ぶ異色短篇集  松宮宏は一九五七年大阪府生まれ。大阪市立大学文学部卒。デザインビジネスのコンサルタントを務めながら小説を書き、二〇〇〇年に『こいわらい』(松之宮ゆい名義)で第十二回日本ファンタジーノベル大賞最終候補。同作を改稿した『こいわらい』で〇六年にデビューした個性派作家だ。  交通事故で脳が変質した美少女・和邇メグルは、電器屋会長の用心棒のアルバイトに雇われ、祖父に教わった秘剣「こいわらい」でヤクザを倒していく──デビュー作はそんな物語である。現

          ニンジャに憧れた米国軍人の半生坂の町に住む人々の交流など様々な物語を手軽に味わえる快著/『万延元年のニンジャ茶漬け』松宮 宏

          一九七〇年代の川崎市を舞台に刑事たちが変死体の謎を追う人間味溢れる警察小説/『川崎警察 下流域』香納諒一

          人々が熱く生きた時代の捜査譚 小説には時代の空気が織り込まれる。過去の社会を描くことは失われた感覚を描くことだ。香納諒一の書き下ろし長篇『川崎警察 下流域』は、半世紀前の首都圏を舞台にしたクラシカルな警察小説である。  香納諒一は一九六三年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。 出版社に勤めながら小説を執筆し、九〇年に「影の彼方」で第七回織田作之助賞に佳作入選。九一年に「ハミングで二番まで」で第十三回小説推理新人賞を受賞してデビュー。警察小説やハードボイルドで人気を博し

          一九七〇年代の川崎市を舞台に刑事たちが変死体の謎を追う人間味溢れる警察小説/『川崎警察 下流域』香納諒一

          転校を繰り返す小学生の「僕」がいくつもの嘘と悲劇の真相を見抜く新鋭が才能を開花させた注目作/『バールの正しい使い方』青本雪平

          小学生が嘘を暴くビターな連作ミステリ  あえて率直に言ってしまえば、帯の惹句には誇張を伴うものが多い。宣伝文句に追いつくほどの才能はそう現れないからだ。しかし時には例外もある。青本雪平『バールの正しい使い方』に寄せられた「青本雪平は天才だ。」という今野敏の推薦文は、まさにその好例に違いない。  著者の紹介から始めよう。青本雪平は一九九〇年青森県生まれ。二〇一九年に「ぼくのすきなせんせい」(投稿時は青砥瑛名義)で第三回大藪春彦新人賞を受賞。二〇年に書き下ろしの初長篇『人鳥ク

          転校を繰り返す小学生の「僕」がいくつもの嘘と悲劇の真相を見抜く新鋭が才能を開花させた注目作/『バールの正しい使い方』青本雪平

          階段マニアとの出逢いが 二人の高校生を結びつける 悩みと希望に満ちた物語

             高校生が階段レースに挑む青春小説  世の中にはユニークな趣味人が少なくない。各地の階段を訪ね歩き、書籍やブログで記事を公開する階段マニア(登段家)もその一つだ。吉野万理子の書き下ろし長篇『階段ランナー』は、二人の高校生のドラマに階段の面白さを絡(から)めた物語である。  吉野万理子は神奈川県出身。上智大学文学部卒。新聞社と出版社に勤めた後、二〇〇二年に『葬式新聞』で「日本テレビシナリオ登龍門2002」の優秀賞を受賞。〇四年に連続テレビドラマ『仔犬のワルツ』の脚本を担当

          階段マニアとの出逢いが 二人の高校生を結びつける 悩みと希望に満ちた物語

          二か月間のキャンプを通じて子供たちが吸血鬼に覚醒する 新機軸のSFファンタジー(『愚かな薔薇』/恩田陸)

             吸血鬼小説とSFのハイブリッド  二〇一一年から一九年まで『小説 野性時代』に不定期連載された『ドミノin上海』、〇七年から二〇年まで『メフィスト』で続いた『薔薇のなかの蛇』など、恩田陸には時間をかけて紡がれた作品が多い。『SF Japan』(〇六年~一一年)と『読楽』(一二年~二〇年)で書き継がれた『愚かな薔薇』もその一つだ。  叔父夫婦に育てられた少女・高田奈智は、母親の故郷である磐座を訪れ、十四歳の子供たちが集う二か月間の長期キャンプに参加することになった。適性

          二か月間のキャンプを通じて子供たちが吸血鬼に覚醒する 新機軸のSFファンタジー(『愚かな薔薇』/恩田陸)

          江戸に染まらない下男が女を救うために行方を追う。心理の綾に彩られた時代小説/『底惚れ』(青山文平)

             消えた女を捜すハードボイルド時代小説  青山文平は一九四八年神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。経済関係の出版社に勤めた後、九二年にライターに転身し、同年に「俺たちの水晶宮」(影山雄作名義)で第十八回中央公論新人賞を受賞。同作を含む短篇集は九四年に上梓された。一度は創作活動を離れたものの、二〇一一年に『白樫の樹の下で』で第十八回松本清張賞を受けて本格的にデビュー。一五年に『鬼はもとより』で第十七回大藪春彦賞、一六年に『つまをめとらば』で第百五十四回直木賞に選ばれ

          江戸に染まらない下男が女を救うために行方を追う。心理の綾に彩られた時代小説/『底惚れ』(青山文平)

          第一回 水脈 伊岡瞬

          1  その朝、母親と小学五年生の娘は、神田川沿いの遊歩道を歩いていた。  車通りの騒音も聞こえてこない、静かな住宅街だ。  時刻は午前六時を少しまわったところだが、すでに真夏の日は昇って、じりじりと肌を焼き始めている。  母親は日傘にサンバイザー、アームカバーと日焼け対策を講じてきたが、娘はつばのある帽子をかぶっただけで、紫外線など気にするようすもなく歩き回っている。  夏休み時期ではあるし、行きかう人といえば、派手なジョギングウエアに身を包んだランナーぐらいだ。 「ねえ、

          第一回 水脈 伊岡瞬