戦時下の飢餓に苦しむ集落が不思議な力を持つ姉妹とともに戦うファンタジックなサバイバル劇/『槇ノ原戦記』花村萬月
集落の飢餓に端を発する異色戦記
不道徳と暴力から目を逸らさず、傲慢や虚飾を取り払い、人間の本質を読者に突きつける。そんな骨太の作家たちの中でも、洞察の深さとエンタテインメント性において、花村萬月が傑出した存在であることは間違いない。
花村萬月は一九五五年東京都生まれ。キャバレーのミュージシャンなどを経て、八九年に『ゴッド・ブレイス物語』で第二回小説すばる新人賞を受けてデビュー。九八年に『皆月』で第十九回吉川英治文学新人賞、『ゲルマニウムの夜』で第一一九回芥川賞を受賞。二〇一七年には『日蝕えつきる』が第三十回柴田錬三郎賞に選ばれた。
デビュー作はロックバンドの少女をめぐる青春譚だが、花村作品には暴力と再生を扱うものが多い。たとえば『皆月』は妻に逃げられた中年男がヤクザ者の義弟とソープ嬢に支えられる話。『ゲルマニウムの夜』は殺人犯の青年が自分の育った修道院で冒涜の限りを尽くす物語だった。
偉人の新解釈を試みた『完本 信長私記』、五つの死にざまを描く『日蝕えつきる』、SF戦国絵巻『姫』など、著者は多彩な時代小説も手掛けている。闊達なドラマを通じて人間たるものを抉る筆致こそが花村作品の見所だ。『読楽』(二一年八月号~二二年八月号)に連載された『槇ノ原戦記』にも、その持ち味は存分に発揮されている。
大正十二年九月一日──関東大震災と時を同じくして、上槇ノ原の名主・高畑家に双子の姉妹が生まれた。姉の「私」こと靜は人間離れした頭脳と統率力の持ち主、妹の綾は幼女の姿で成長が止まる不死者だった。十二歳になった二人は遺跡を目指し、宇宙からの波動を浴びて全身にルビーが染み込む神秘的な体験をする。
上槇ノ原にボーキサイト鉱床が発見され、隣の集落・下槇ノ原との溝が深まり、ほどなく太平洋戦争が勃発した。出張所の所長が餓死した直後、女たちの妊娠が発覚し、食糧事情は急速に悪化していく。靜は援助を求めて訪れた下槇ノ原で衝撃的な事実を知り、生きるための襲撃を決意した。
飢餓と食人は文学の重要な主題であり、だからこそ娯楽作品で顕したかった──著者はあとがきでそう述べている。理性は余裕の産物に過ぎず、飢餓の極限にある者が真の救済を得られる。そんな達観を基調として、幻想的な設定を盛り、ディープな題材と娯楽性を融合させた意欲作なのだ。
テーマが読者を選ぶ面は否めないが、世俗の倫理を超えた視座は目先のグロテスクさではなく、透徹した神々しさを感じさせる。この境地は花村作品の真骨頂にほかならない。
最後に姉妹篇を紹介しておこう。二一年に刊行された『夜半獣』は、記憶喪失の青年が不思議な列車で上槇ノ原に辿り着き、古から続く下槇ノ原との抗争に巻き込まれ、圧倒的な力を持つ〝夜半獣〟と化す物語。内容がリンクしている部分も多く、本作が気に入った人にはこちらもお薦めである。
戦時下の飢餓に苦しむ集落が
不思議な力を持つ姉妹とともに戦う
ファンタジックなサバイバル劇
はなむら・まんげつ◎1955年東京都生まれ。89年に『ゴッド・ブレイス物語』で第2回小説すばる新人賞を受賞してデビュー。98年に『皆月』で第19回吉川英治文学新人賞、『ゲルマニウムの夜』で第119回芥川賞に輝いた。アウトロー文学の鬼才として根強い人気を博している。
文/福井健太
1972年京都府生まれ。書評系ライター。著書に『本格ミステリ鑑賞術』『本格ミステリ漫画ゼミ』『劇場版シティーハンター 公式ノベライズ』などがある。
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