見出し画像

母を死なせた父を怨む男とそれを利用する悪党が騙し合うパチンコ業界を背景にした犯罪小説/『救い難き人』赤松利市

母親を失った少年の復讐と迷走

 作家と作品の関係はさまざまだが、ハードな人生経験に根差したテーマを究めることは王道の一つだろう。最後の無頼派とも称される赤松利市は、その系譜を継ぐ貴重な小説家にほかならない。

 赤松利市は一九五六年香川県生まれ。関西大学文学部卒。二十七歳で消費者金融の支店長に就き、ハードワークが祟って三十歳で退職。ゴルフ場の芝生の管理会社を興して大成功を収めるが、境界性パーソナリティー障害を発症した娘の介護などに忙殺され、やがて会社は破綻してしまう。
 宮城県で土木作業、福島県で除染作業に従事した後、二〇一六年に娘を追って上京。客引きをしながら漫画喫茶や路上で寝る生活を続け、一八年に「藻屑蟹」で第一回大藪春彦新人賞を受賞した

 後に長篇化されたデビュー作には、除染員時代の見聞や怒りが凝縮されていた。一九年刊の『ボダ子』は自身と娘にまつわる物語だ。しかし著者は実体験だけではなく、培った感性を武器として、金と色に狂った人間どもを活写する書き手でもある。『週刊アサヒ芸能』(二一年三月十一日号~二二年一月十三日号)に連載された『救い難き人』は、父親への復讐を誓った男とその財産を狙う悪党の策謀譚である。

 太平洋戦争が終わった翌年に日本に密入国し、土木現場で働く朴ヨンスクは、パチンコ店を営む在日朝鮮人の運転手に雇われた。ヨンスクは三十八歳で独立して店を持ち、十六歳の坂本満子と結婚し、息子を朴萬寿と命名する。

 やがてマンスは中学生になり、上級生の井尻信昭は満子から「月に十万円の協力金」を騙し取る。ヨンスクは姫路市でチェーン店を展開し、愛人と暮らして満子を虐げていた。ある冬の夜、マンスは裸のヨンスクと首に紐を巻かれた満子の死体を目撃する。満子は脳梗塞による急死とされ、マンスは住居を追い出されることになった。

 井尻に「父ちゃんの会社の乗っ取り」を唆されたマンスは、周囲に身元を隠して父の店で住み込みアルバイトを務め、社長付きのマネージャーに昇進する。いっぽう主婦売春の斡旋や産廃の不法投棄で稼いでいた井尻は、満子に似た女をマンスに接近させていた。

 母を死なせた父への復讐計画を進めるマンスと、それを利用すべく画策する井尻。本作はそんな二人の語りで構成されている。思考が一貫している井尻を観察者に据え、純朴だったマンスの変貌を辿り、金と色に狂った人間どもをシニカルに描くプロットはまさに著者らしいものだ。

 井尻の独白にはコンゲーム小説の趣きがあり、これも本作の見所といえる。ヨンスクを陥れるマンスを騙す井尻──という二段構えの状況を活かし、扇情的な殺人や自我の暴走をじっくりと描き、スピード感のあるクライマックスまで読者を導く。テーマとサスペンスが一体化した会心作である。

母を死なせた父を怨む男と
それを利用する悪党が騙し合う
パチンコ業界を背景にした犯罪小説

救い難き人 赤松利市 定価 本体2200円+税

あかまつ・りいち◎1956年香川県生まれ。関西大学文学部卒。ゴルフ場関連の会社を経営した後、原発の除染作業員などを経て、2018年に「藻屑蟹」で第1回大藪春彦新人賞を受賞。2020年に『犬』で第22回大藪春彦賞に輝いた。代表作に『鯖』『ボダ子』などがある。

文/福井健太
1972年京都府生まれ。書評系ライター。著書に『本格ミステリ鑑賞術』『本格ミステリ漫画ゼミ』『劇場版シティーハンター 公式ノベライズ』などがある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?