見出し画像

古い洋館で暮らす人々の優しい日々/『からさんの家 まひろの章』小路幸也

シビアな物語にばかり接していると、温和な世界で一息つきたくなるものだ。愛すべき人々のコミュニティを紡ぎ、居心地の良い空間を提供する。小路幸也はそのセンスと技量に長けた作家に違いない。

 小路幸也は一九六一年北海道生まれ。広告制作会社に勤めながら小説を書き、専門学校の講師などを経て、二〇〇二年に『空を見上げる古い歌を口ずさむ』で第二十九回メフィスト賞を受賞。一一年には『東京公園』が映画化、一三年には『東京バンドワゴン』が連続ドラマ化された。筆の速さにも定評があり、著作数は百冊を突破している。

 古本屋の大家族を主役にした〈東京バンドワゴン〉シリーズ、商店街の面々が活躍する〈花咲小路〉シリーズをはじめとして、小路作品にはユニークな共同体を描くものが多い。『読楽』(二一年三月号~二二年三月号)に連載された『からさんの家 まひろの章』もその一つだ。

 女子高生の「わたし」神野まひろは、いささか特殊な家庭事情を抱えている。両親である岩崎亨と量子が離婚し、親権者の亨は神野かえでと再婚した。二人が交通事故で亡くなった後、まひろはかえでの妹・ひろみに育てられる。三原達明と結婚したひろみの北海道移住が決まり、まひろは東京で達明の母・三原伽羅の家に住むことになった。つまりは義母の妹の義母との同居である。

 煉瓦造りの古い洋館に住む伽羅(通称「からさん」)は、詩や絵画を手掛ける七十二歳のアーティストだ。洋館には三人の同居人──金属工芸を扱う三十五歳のアーティスト・ヤマダタロウ、ジャズシンガーでもある五十歳のスナックのママ・永沢祐子、建築家を志す二十三歳の大学生・野洲柊也も暮らしている。伽羅の付き人に雇われたまひろは、会話を通じて各々のパーソナリティを理解していく。

 そんなある日、まひろは編集者の水島レイラに伽羅の来歴を聞かされる。小説やイラストにも秀でていること、十代で恋人とヨーロッパを放浪したこと、夫の俳優が早世したことなどを知ったまひろは、本人の推薦を受け、ライターとして伽羅の自伝本を担当することになる。

 小路作品の「家族」は互いを認め合う仲間であり、血縁や制度は必要ない。複雑な境遇を苦にしないまひろの性格は、そんな価値観を投影したものだろう。まひろが周囲の言葉に触れて創作に魅かれていくプロットは、本作を少女の成長小説たらしめている。終盤ではシリアスな事態も描かれるが、後腐れのない解決が示されるのは著者らしいところだ。

 本作に続けて書かれた『からさんの家 伽羅の章』(『読楽』二二年四月号~二三年一月号、三月号)では、三年後のエピソードが伽羅の視点から語られている。こちらは本書の翌月に単行本化された。住人たちがどんな未来を迎えるのか、それは御自身で確認していただきたい。

遠い親戚の洋館に入居した少女が
住人たちとの交流を通じて
創作に目覚める家族小説

からさんの家 まひろの章 小路幸也 定価 本体2000円+税

しょうじ・ゆきや◎1961年北海道生まれ。広告会社勤務などを経て、2002年に『空を見上げる古い歌を口ずさむ』で第29回メフィスト賞を受賞してデビュー。代表作に〈東京バンドワゴン〉〈花咲小路〉シリーズや『東京公園』などがある。

文/福井健太
1972年京都府生まれ。書評系ライター。著書に『本格ミステリ鑑賞術』『本格ミステリ漫画ゼミ』『劇場版シティーハンター 公式ノベライズ』などがある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?