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攘夷派誅殺の命を受けた若侍が刺客の少女とともに京を目指す軽妙洒脱な時代小説/『もゆる椿』天羽 恵

侍と少女の旅を描く長篇デビュー作

 二〇一七年に創設された大藪春彦新人賞は、赤松利市、西尾潤、青本雪平、野々上いり子、浅沢英といった作家たちを輩出している。その第六回受賞作である天羽恵「日盛りの蟬」は、同賞初の時代小説だった。

 楼主に呼び出された女郎のさきは、小浜藩の武士・藤岡の妻を演じるように命じられる。藤岡は父の仇である久保田半蔵を討つために国許を離れ、手助けをしてくれる女を探していた。江戸で「夫婦ものが何組も集まり、相手を取り替えて床入りするという不埒な遊び」が流行っており、それを仕切っている半蔵に近づくために市井の夫婦を装いたい──という事情を聞き、さきは仇討ちに協力することになる。

 同作は選考委員の今野敏に「バランスの取れた作品」、馳星周に「ぬきんでた完成度を誇っていた」と評された。デビュー作にして高い技量が認められたわけだ。『もゆる椿』はそんな著者が書き下ろした初長篇である。

 直参旗本の次男坊である二十歳の真木誠二郎は、稽古を見ていた武士・佐野兵衛に誘われて「外様や公家の不穏な動きを探るとともに、水面下で処理する」「上様直々の命で動く」非公式組織・裏目付の一員となった。やがて誠二郎は佐野と再会し、京の攘夷派浪士たちの黒幕を誅殺すると告げられる。荒事を怖れる誠二郎に、佐野は「刺客の膳立てはできておる」「ともに京へ向かえ」と指示を出した。多摩の外れに殺生を生業とする者たちの隠れ里があり、その〝里の者〟の手綱を握ることが誠二郎の任務であるらしい

 長屋を出て品川宿の旅籠を訪ねた誠二郎は、そこで飯盛女らしき地味な少女に出逢う。一心不乱に飯を食い、ざっくばらんに話す色気のない十二歳の娘──その正体は抜き打ちすら止まって見える天賦の目を持ち、刺客の技を仕込まれた〝里の者〟お美津だった。四年前に喪った兄の仇を捜しているお美津は、京の町に着くまでに「いっぱしの遣い手」になっておこうと話し、誠二郎に剣を教えようとする。

 目録を得たばかりで実戦経験のない誠二郎、天才的な暗殺者のお美津。そんなコンビが密命を帯びて江戸から京を目指す時代小説である。江戸末期の物語ではあるが、二人のパーソナリティは現代人のそれに近く、ユーモラスなやり取りはどこか漫画的にも映る。プロットは潔いほどに王道的で、平易な文章はすこぶる読みやすい。今野敏が「日盛りの蟬」の選評で「期待どおりの結末であり、話の流れは読めてしまうのだが、それを面白く読ませるのが本当の筆力だと思う」と述べたように、定石に沿ったプロットを語り口で読ませる作家と見るのが妥当だろう。

 愛嬌のあるキャラクター、お約束を踏まえたプロット、リーダビリティの高い文章を兼ね備えた本作は、多くの読者にアピールしうる娯楽小説にほかならない。間口の広い作風だけに、これからの活躍にも期待できそうだ。

攘夷派誅殺の命を受けた若侍が
刺客の少女とともに京を目指す
軽妙洒脱な時代小説

もゆる椿 天羽 恵 定価 本体1900円+税

あまう・めぐみ◎1958年生まれ、兵庫県出身。2022年に「日盛りの蝉」で第六回大藪春彦新人賞を受賞。武士の仇討ちを手伝う女郎を描く同作は、今野敏に「語り口のうまさに圧倒され、受賞作に推すしかないと思った」と讃えられた。23年に『もゆる椿』で長篇デビュー。

文/福井健太
1972年京都府生まれ。書評系ライター。著書に『本格ミステリ鑑賞術』『本格ミステリ漫画ゼミ』『劇場版シティーハンター 公式ノベライズ』などがある。

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